第六話 早天の乱
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バーゼルは、朝陽の訪れと共に王城を取り囲んだ。 目の前の戦いに兵士は士気が上がり、戦場独特の熱気が伝わってきた。 王城を取り囲む城壁にアルキーネの数少ない兵が並んでいる。矢をいられても身を隠せるように、窓のようになった城壁の穴から下の様子を伺っていた。 バーゼルの兵士とは反対に、緊張と恐怖とが入り混じる表情を必死に隠している。気持ちが落ちていかないように、若き王アリオルトの言葉を思い出す。そして、呪文のように何度も呟いた。 ―― 守りたいもののために戦う。愛するものを失わないために戦う……。 そして、若き王を支えるひとりの兵士になるのだと、忠誠を誓った。 アリオルトは、城壁の中心。門の真上に立っていた。 門が破られれば一番危ない場所で、本来なら王のいるべき場所ではない。しかし、アリオルトは一番バーゼルが見える場所にいたいと申し出た。 与えられた時間は一瞬、それを逃したら勝利はない。 バーゼルの王がどこにいるのかを確かめるために視線を走らせた。それはすぐに確認できた。幸い彼も戦いの指揮官として前方に位置を決めているらしい。 ひときわ立派な馬に乗り、ひときわ立派な鎧をまとった男が射るような強い視線を向けていた。 アリオルトの父よりも年はとっているのではないだろうか。 立派な体躯は、遠目から見てもはっきりとわかる。剣の名手と聞いたが、弓の腕前もさることながら、槍の使い方は右に出るものは居ないらしい。たくましい体に似合った戦闘能力を持っているようだ。 王というより、将軍という方が正しいのかもしれない。 敗北などあるはずもないという自信に満ちた表情、口元には不敵な笑みを浮かべている。立派なひげが威厳ある王を演出し、アリオルトにない力強い風格が見て取れた。 取り囲む兵の量、王という絶対的な存在、兵士の質の高さ。どれをとってもアルキーネに勝ち目はない。唯一勝っているのは、負けるわけに行かないと言う強い願いくらいなものだった。 しばらく、王と王の視線が戦っていたが、バーゼル王の手がゆっくりと天を指し、開始の合図が響いた。 戦いは、始まった。 『早天の乱』と呼ばれたその日の出来事を、誰もが言った。 『奇跡』だと。 どれだけの人にその日の出来事を聞いても、そう答えるだろう。 しかし、どういった奇跡なのかとたずねても正確に答えられるものはいない。あまりにも目の前で起きた出来事が現実感のない、人間ではありえないものの力を感じた瞬間だったからだ。 精霊の存在を信じていたアルキーネの人間にとっては、精霊の力と割り切ることが出来ても、精霊の存在を信じていないバーゼルにとっては、言い表すことのできない一瞬の出来事だった。 アリオルト王もその日のことを詳しくは語らなかった。ただ、「精霊の力を借りただけだよ」と優しい表情で言っただけ。 戦いの開始と共に矢が打ち込まれ、門をこじ開けようと巨大な木が打ちつけられる。 衝撃で揺れ動く城壁で、アリオルトは一瞬の隙を探していた。 隠れるのが遅れれば矢にいられ、命を落とすものが現れる。悲鳴と呻きが耳に届いてきた。それはあせりを生むが、じっと耐えた。目をそらしてはいけない、バーゼル王の動きを目に焼き付ける。 時に城壁から地上に向かって打ち込まれる矢が敵兵を打ち抜いて血吹雪が飛んだ。 一本の矢が、バーゼル王の馬の足元に飛んだ。 しつけられ、戦乱に慣れた馬も一瞬驚きに暴れた。 アリオルトは、その瞬間を見逃さなかった。 城壁の窓から体を滑らすように抜け出すと、身を落としたのだ。 傍にいた兵は驚きに声を上げる。あわてて地上を見た彼らが見たものは、突風に体をさらわれる王の姿だった。 風が、アリオルトを取り囲む。空を飛ぶように一瞬で、バーゼル王の背後に着いた。そして、宝剣はその首筋につけられる。ぎらりと光る切っ先に、周りにいた兵士たちは驚きに動きを止めた。 何が起きたのかわからなかったのだろう。 風が兵士の動きを鈍くした。黒毛の馬の背にアリオルトは浮かんでいた。矢を打っても周りを取り巻く微風がそれを阻止する。 首元に突きつけられた剣のせいで、バーゼル王は声をあげることも出来ず、睨みつけただけだった。 「武器を下げて下さい。大人しくしていて下されば命はとりません」 アリオルトはゆっくりと言葉を発した。 それは、アルキーネの言葉ではなかった。自分の王の発する言葉が何なのかわからなかった。届く音からバーゼルの言葉と予想できた。状況が飲み込めないアルキーネの兵たちも戸惑いに沸いた。 武器を下ろせと言っても、下ろすものはいない。矢の先も槍の先も、アリオルトに向けられていた。 周りに視線を走らせてから、いつもどおりの言葉で、アルキーネの兵に武器を下ろすように命令した。 ためらいながらも兵はそれに従う。 「バーゼル王よ、貴方からも命じて下さい」 先ほどより強く首に剣の刃を感じる。王は仕方がなくと言った風にそれに従った。 たくさんの兵は、たちまちただの傍観者へと変わっていく。 「貴様、人間か!」 「私はただの人間です」 「人間が空を飛べるはずがない」 「飛べるとは私も思っていませんでした」 「何が目的だ、命を奪いたいなら奪えばいい。恥さらしにでもしようというのか」 負けるはずがない戦いに寝首をかかれて、王は多少取り乱しているようだった。威厳は失わないように必死になっているのがアリオルトにもわかる。 若き王に恐れをなしたわけではなく、ありえない現象に恐怖を抱いているようだ。 バーゼルが五国で一番現実主義だというのは本当らしい。 「王の命が欲しいわけではありません」 「何だと」 「目的はひとつ。兵を引いて下さい。そして、戦いをしなくても暮らせる国を創るために協力し、話し合いのテーブルについてもらいたいのです」 「意味がわからん」 「簡単ですよ。武器ではなく言葉で戦うのです」 「王の首に剣をあてて脅すような卑怯な人間の言うことを聞くと思うか?」 「卑怯と言うならそう思ってくださってかまわない。正当なやり方では受け入れられないですし、アルキーネが滅びてしまいますからね。これくらいのハンディがあってもいいでしょう」 いつもは見せない、不敵な笑みを漏らした。 今のアリオルトは破壊の神と言われたアルファルドと同じ表情をしているとヘリオスは思った。 「約束をして下さい。このままでは五国すべて滅びるとは思いませんか?」 「……わかった。剣を早くよけてくれ。王の申し出どおりにしよう」 「ありがとうございます」 アリオルトは、馬鹿な王ではない。 バーゼルがただの口約束をしていることは感じ取っていた。簡単に約束してもらえるとは思っていない、命を狙われるリスクは覚悟の上だった。 注意深く剣を引くと、馬の背を蹴り飛び上がるように下りる。 空気に一瞬ピリッと亀裂が入るのを感じ、アリオルトは振り返った。 強靭な動きで、バーゼル王は剣を振り上げながら馬から滑り落ちる。アリオルトの予想を超えるすばやさだったが、かろうじて剣で受ける。手がしびれるくらい痛みがはしる。 きりきりと金属が交わる音がする。 何とか振り切るように、背後に跳んだ。 「私が誰かの言うことなど聞くものか。力で私に勝ったら考えてやっても良い」 「約束したと見せかけて背後をとる。卑怯なのはお互い様ですね。今の言葉に嘘はありませんか」 「もちろん」 「一対一ならそのお話を受けましょう」 「妙な力は使うな。力と力が我々の国の決まりだからな」 事の成り行きを見守っているヘリオスたちは、睨みあう二人の王を見て不安になった。何が起きようとしているのかは一目瞭然だった。 丸く人垣が出来た中心で、剣と剣が打ち合う音が始まった。 「アリオルト様!」 ヘリオスの声がこだまする。 当然だろう、百戦錬磨のバーゼル王に、アリオルトが勝てるとは当然思えなかった。 それなりに剣の腕前は持っているが、腕の太さが倍も違う。力では勝てない。 しかし、激しく繰り広げられる王の戦いに、口を挟めるものなどいなかった。たやすく倒せるだろうと思っていたアリオルトが意外に俊敏な動きで対応してくるのに、バーゼル王のほうが驚いた。 真剣に戦わなくてはどうなるかわからない。 金属音と、苦渋に満ちた王の声が、朝日が降り注ぐ戦場に広がった。 決着は一瞬。 剣の珠に反射した太陽の光に、バーゼル王は視界を奪われる。 襲い掛かってくるアリオルトを回避するため、後ろに体を引いた時、地に倒れた。 「王!」 バーゼルの兵士の声が聞こえる。 グサッと剣が突き刺さる音が響く。 悲鳴に似た叫びが沸き立った。 誰もが、王が死んだと思っただろう。 だが、王は生きていた。 「なぜ?」 バーゼル王の頬の横に剣が突き立っていた。頬に小さな擦り傷が出来ている。 「私は人を殺したいと思ったことはない。奇麗事でも誰も戦いで命を落とさない国にしたい。この剣を血で汚しもしたくない……ちょっとついてしまいましたが……刺す位置を誤りました」 つっと頬の傷から血が流れた。 「王よ。無意味な戦いは止めませんか?戦いは失うばかりで何も得るものはない。それは私の考えが甘いからでしょうか?」 「いや……王の言われる通りだろう。約束は約束だ。兵は引き上げよう。提案どおり、武器ではなく言葉で争うテーブルにつこうではないか」 アリオルトは、ほっとしたように笑顔を見せた。そして横たわる王に手を差し出す。その手に戸惑いながらも手を伸ばしてきた。 「こんな若造に負けるなんて、バーゼルの王としたことが……さすがアルファルド王の子孫だな。言葉か……よく話せたものだ」 「これこそ私の力ではありません」 「五つの国が同じ席につくには苦労するぞ」 「わかっています。でも、やりとげたいと思っています」 「そなたならできるかもしれないな……ここでアルキーネを滅ぼすのは簡単だ。だが、そなたに賭けて見よう。大陸が変わるか、滅びるか、老後の娯楽には楽しみが出来た」 「ありがとうございます」 「しばらくは戦いを控えよう。ただ、時間を長くかけては大人しくしているのも無理だと思うぞ。どの国も戦うことを簡単に実行するだろうからな」 「助言、心に刻んでおきます」 それは気持ちの良い笑いで、王として認められたと感じた。 どの王も戦いを望んでいるわけではないのかもしれない。潔いほどあっさりと手を引いたバーゼル王がそう物語っている。 手を貸してくれるわけではないだろう。 彼は、きっと傍観者としての楽しみを見つけたのだ。 「国に戻るぞ」 掛け声と共に、兵はアルキーネをあとにしていった。 それほど大きな被害はなかったものの、静まり返ったアルキーネは嵐の去ったあとのようだった。 力の入っていた肩が落ち、安堵に体の力が抜けていく。迫り来るひとつの戦いを回避した瞬間だった。 本当かどうか確かめる術はない。ただ、伝わり聞く『早天の乱』は信じられないほどあっさりと終焉を迎えた。 アリオルト王は、そのあとすぐに他国への説得を試みた。 戦闘国を抑えたアリオルト王の望むべき方向に、簡単に事が進むと思われた。 しかし、それほど世の中は簡単に動かなかった。 アリオルト王の前にいくつもの壁が立ちはだかる。 時には長きに渡っての戦いを要されることもあった。血を流さない戦いが出来ないこともあった。バーゼル王は力と力の勝負で人を認める才を持っていたが、自分を譲らない王もいた。精霊の力に絶対的な嫌悪感を抱く王もいた。若いということを馬鹿にする王も。時は止まらない。流れる時の中で王の代が変わることもあり、約束が無効へと変わることもあった。 アリオルト王は、どんな苦難が立ちはだかっても絶対に諦めなかった。立ち向かうことを忘れては前に進めず、何も出来ずに終わってしまう。 それだけは嫌だったのだろう。ひとつひとつ山を下り、谷を登った。 長い歳月ののち、ついにアリオルト王の願い続けたひとつのテーブルに五国の王が集まる時が来た。 そして、互いの国を理解しあう規約が打ち出されることになった。 長年願い続けた、アリオルトの夢が叶った瞬間だった。 規約制定の後、国同士の戦いはなくなった。 互いの国を理解するために、互いの国に人を送り込む。彼らによって言葉を理解し、国を理解しあった。時に争いも起きたが、そこに武器を用いられることはなかった。文化の交流も時には行われ、物資の売り買いもされるようになった。戦乱の時代は見事に終止符をうち、新たな国同士の時代を作り始めた。 これが、平和と言うのだろう。 戦うことによって起きるぴりぴりとした感覚がなくなり、穏やかな時が流れるようになった。 国を守るために兵士は消えなかったが、それは望むべく人がなる職業で、他国と戦うために働くこともなかった。 不思議なもので、ずっとこんな時代が続いていたようにさえ思う。 これが、アリオルト王が望んだ大陸の姿なのだろう。 彼は、創造の神とたたえられるほど立派な人間となった。出来ないと思われていた大陸の関係を作り上げたのだ。彼ほど立派で、彼ほど感謝される王はいない。 砂で覆われたアルキーネも姿を変えた。少しずつだが砂地に植物が目覚め始め、枯れた湖に水が湧き出し始めた。 かつての美しい国に戻るまで時は必要だろう。でも、もう失われることはない。 アリオルト王の戦わない国という夢は叶った。 しかし、ひとつだけ叶わない願いがあった。 その願いの意思をついで、一人の少年がこの地にやってきた。 まだ年若い少年の名前はアリウスという。アリウスの背には大事そうに美しい剣が下がっていた。 アリウスはしばらく崩れた石門の前でうろうろしていたが、意を決したように中に入る。聞いていた話では砂嵐にまかれると言われていたので、あまりに簡単にたどり着いてしまったことが不安を生んでいた。 美しい白馬を先に進むように促す。まっすぐに続く道は緑の森で、アリウスを感動させた。 「アルキーネも早くこれくらい緑溢れる国に戻ってくれればいいのだけど……」 できるだけ静かに馬を走らせる。芝生を傷つけるのが怖かったからだ。 すぐに見えてきたのはかつてアリオルトが見た風景。時が止まっているようなその世界は、話に聞いたままの姿を残していた。 「ここか……」 アリウスは見えてきた聖なる地に入るために、馬を下りた。 「あまり遠くに行くなよ」 彼の馬はとても利口で、笛を吹くと戻ってくる。森に放したところで問題はない。 「あ、森に悪戯したらだめだよ」 そう言って、小さく尻をたたいた。白馬はゆっくりと来た道を戻っていった。きっと来る時にあった水辺にでも体を休めに行ったのだろう。大人しい馬なので、森に溶け込んでしまうに違いない。馬の後姿を見送るとアリウスは水辺へと歩いて行った。 目の前に現れたのは見たこともない世界だった。 美しいと簡単な言葉で言い表せないほど、神秘的な世界が広がっている。『この世の楽園のようなところだ』と懐かしそうに呟くアリオルトの姿を思い出す。 そして、こうも言っていた。『人間が手に触れてはいけない精霊たちの世界』。その言葉の意味はここに立てばよく分かる。 「ようこそ、アルキーネの新王よ」 突然話しかけられて、びっくりした。 今まで誰もいなかったのに、二人の男が目の前に立っていた。 二人はまったく同じ顔をしていて、すぐにカルトスとオルトスという聖樹の精霊とわかった。 「初めまして、アリウスと言います。父の変わりにやってきました」 「承知している……私はカルトス、そっちがオルトスだ」 「よろしくお願いします」 「あの飛び石を渡って下さい」 アリウスは頷くと、言われるままに飛び石を渡った。 姿を消した二人は一瞬で祭壇にたどり着いたようだ。聖杯に水を汲んでいるのが見える。 最後の石から祭壇へと飛び移る。今まで以上に大きな聖樹が風にそよいでいた。 「剣をお持ちですか」 「ここに」 背中からはずすと、カルトスに手渡した。 剣の柄には美しい珠が輝いている。それがどれほど大切なものなのかアリウスはずっと聞かされていて、手渡した時は重圧から解放された安堵感に包まれた。 「まさか、こんなに早く返ってくるとは思いませんでした」 「アリオルトが偉大な王だったと言うことだろう」 「父は、言っていました。偉大な王にならなくてもいい、ただ人にとって優しい王になりたいと」 「願いは叶ったのだろう。アルキーネ歴代の王でもっとも優しい男だったと、我々は思う」 「時にそれが身を滅ぼしたようだが……」 「滅ぼすと言う言い方はないだろうオルトス」 「若き王は若くして王位を降りた。優しさからきた悲劇だろう。違うのかアリウス王」 「父が王位を降りたのは、民にとっても悲しい出来事だったと思います。私では力不足ですから。ただ、父が支えてくれるから私はしっかり立っていられる」 「アリオルトは、いかがお過ごしか」 「離宮で母とのんびり過ごされております」 「よく死ななかったものだ」 「はい……一時は危なかったのですが、神の加護でしょうか?これでアルレイの罪が終わるのなら、視力など失ってもかまわないと言っていました」 アリオルトは倒れてきた巨木から子供を守った時、自らその巨木に打ちつけられた。 生死を彷徨ったが、天に召されることはなかった。しかし、両目の視力を失ったのだ。 もう、あの金色の瞳には光すら映ることはない。過去の悲劇のおかげで、民はまた何か悪いことがと恐怖におののいたが、視力を失ったアリオルトは助けた子供に笑いかけたと言う。『君が無事でよかった』と。 普通なら、一国の王が一人の民のために体を張って守ることはないだろう。アリオルトにとってその行動は頭で考える前に体が動いた。ただ、それだけのことだった。 しばらくはそのまま王として勤めていたが、アリウスが十七歳になった日に、王位を受け継がせたのだった。精霊との約束と契約と共に。 今は少し離れた離宮で、愛する妻とのんびりと過ごしている。 誰が見ても惜しいことと言うだろうが、アリオルト自身今まで出来なかった妻との生活を楽しんでいるようだ。 その楽しそうな姿を知っているアリウスは、少し複雑な心境だった。 「父が後悔しているのはひとつだけ。この地が美しく変わった姿を見ることが出来ないことだそうです。再び目に見ることの出来ない聖樹、会うことの出来ない精霊の王子、ふたりの精霊。昔のまま目に焼きついていても再び見ることが出来ないことだけは悲しいと言っていました。見えないならここに来ない方がいいと。だから王位と共にこの大役も僕に譲り渡しました」 「見えないから来なかったのではないと思うぞ」 「私もそう思います」 「え?」 「多分、貴方をエル様に会わせたかったのでしょう」 「どうして?」 「貴方がこれから王になるからです」 「精霊とアルキーネの王、切っても切れない存在だ。王位を降りた自分ではなく、王位を継いだアリウスが会うことを望んだ。ひとりでこの地に赴き、ひとりで儀式を行う。かつてアリオルトも体験したことだ。それをアリウスにも体験させ、本当の王になってもらいたかった」 「ただ、心残りと言うのは本当の話でしょうね」 「僕は、王として父に試されているって事でしょうか?」 「そんな大それたことじゃない。第一アリウスがするのはこれを返しに来るだけだ」 「なら……?」 「ここの美しさを感じ、決して汚してはならない場所だと実感させることが一番の理由だろう」 「ここにきて思わなかったか?人が汚してはならない場所だと」 「思いました」 「ならば合格だ」 「さあ、無駄話はここまでです。さっさと終わらせてしまいましょう」 カルトスは聖杯から錫杖を呼び出し、剣をアリウスに渡した。 言われるまま両手で持つ。 胸元で持った剣に聖杯の水をかけ清めてゆく。錫杖の先が頭の先に触れ、剣に触れる。不思議なことにだんだん剣が光りだした。実際に光っているのは珠だけなのかもしれないが、光が反射してまぶしい。 カルトスは呪文を唱えたあと、珠に錫杖を当てた。すると、なんの音を立てることもなく珠が浮き上がった。ふわふわと浮き上がった珠は水の中へ消えてゆく。 カルトスはそれを見取ると、錫杖を石に打ちつけ綺麗な声で呪文を唱え続けた。カシャンと錫杖が最後の音を打ったときカルトスの声も消えた。 何も起きなかった。 何かすごいことが起きるのかと思っていたアリウスはどうしたのかと、ふたりの精霊に視線を向ける。 カルトスは何の反応もなかったが、オルトスはにやりと笑った。 「もう少しだ」 ふたりは水の様子を伺って、膝をついて座った。 突然のことにアリウスは行動に一歩遅れてしまう。二人を真似て膝をついて座ることは出来なかった。水から突然少年が姿を現したからだ。 ぷかぷかと浮いている姿に固まってしまい、身動きすら取れない。呆然と立ち尽くしてしまった。 「お帰りなさいませ、我が王子」 「そろそろ王と呼んでくれないか?」 「そう言われましてもまだ儀式をしていないので」 「まあいい」 呆れたように息を吐くと、立ち尽くしているアリウスの傍に舞い降りた。 アリオルトと同じ光を浴びると金色に光る瞳が、エルを凝視していた。 「アリオルトにそっくりだね。よく来てくれたアリウス」 「……初めてお目にかかります」 「王らしくない王だな。アリオルトも王らしくない王だったけど、それ以上だ」 「すみません」 「誤る必要はない。アリウスもきっといい王になる」 「なぜです」 「アリオルトと同じ瞳をしているからね。自信を持っていい」 「はい……」 「アリオルトは元気か」 「はい、貴方様によろしく伝えて欲しいと」 「そうか……さすがに私でも守れなかったと誤っておいてくれ」 「分かりました」 「いや、やっぱりいい。いつか会ったら自分で言う」 「でも……」 「会えるよ。会おうと思えばね」 エルはにっこりと笑った。とても喜びに満ちた笑顔だった。そして、嬉しかったのだろう契約が実行され、綺麗に浄化されたことが。 「この地の修復も申し付かっているのですが、人を入れても大丈夫でしょうか?」 「美しい場所に戻すと言う契約がまだなされていないと?」 「壊れてしまった場所が痛々しいので」 「あれはいいよ。自分たちで出来る」 「そうなのですか?」 「あれを作ったのも精霊だ。ただ人手が足りなくって放置されていた。これから少しずつ手を入れていく」 「何か手伝うことがあったら言ってください」 「アルキーネとはこれからもうまくやっていきたい。これからは約束と言う形になるが……」 「こちらからもお願いします。この地は必ず私たちの手で守ります。私たちのこともどうか見守っていてください」 「握手を?」 エルは自ら手を差し伸べた。アリウスは恐る恐る手を伸ばした。 精霊とアルキーネが再び共に生きることを決意した。もう揺れ動くことのない硬い信頼。 アリウスの揺れ動いていた瞳がエルと重なる。 いまだ弱々しい王のアリウスの瞳の奥には王としての強い力が備わっていた。エルはその光を見て、さすがアリオルトの息子だと思った。 この王ならアルキーネの平和は守られるだろう。 聖樹の葉を通り抜け、暖かい風が通り過ぎていく。 この日もかつて契約が交わされた日と同じ、春の終わりごろだった。 すべての始まりだったあの日を思い出す、美しい日だった。 +----------------------------------------------------------------+
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