第一話  悪夢と夜の森

   <小説>   

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 漆黒の闇を貫き、ひとつも欠けたところのない月が空に浮かんでいた。
 まっすぐと続く長い土の道は、今にも襲い掛かってきそうな木々に取り囲まれている。
 その木をくぐりぬけ、一人の幼い少女が裸足のまま走っていた。
 寒々しい季節には尋常ではない真っ白な薄いドレスを一枚身に纏った少女は、闇に揺れる。
 ふたつに結った長い三つ編みが、走る体にぶつかって空中に散らばっていた。
 少女の顔には、恐怖が見え隠れした。
 何者かが追ってこないかと、その目は時々振り返っては遠くを確認している。
 ざわざわと木々の間を抜ける風の音。
 体に走る心臓の音。
 うるさいほど聞こえてくる呼吸の音。
 聞こえてくる音すべてに、少女は恐怖を感じていた。

 ―― 助けて……。

 祈る声が聞こえてくる。
 逃げても、逃げても遠くから近づいてくる蹄の音。
 その音はだんだん大きくなる。
 少女の足では、追ってくる者から逃れることは出来なかった。
 突然、何者かの手が伸びてくる。
 その手は少女を乱暴に掴み上げた。
 悲鳴すら出ることなく、大地にたたきつけられ、体中に痛みが走る。必死に大地を掴み、逃げようと体を動かすが、まったく動かない。
 見上げたその瞳には、黒い大きな影が映った。振り上げられた剣に月の光が反射する。
 恐怖に瞳を閉じた……体を捕らえるのは闇だった。

「きゃあああああっ!」

 悲鳴とともに、まだ年若い少女が飛び起きた。
 大きく息をし、肩が揺れる。
 きっちりと結われた金色の髪がはらはらと零れ落ちて、青白い顔に掛かった。
 噴出してくる冷たい汗。
 体は熱いのに、指先が冷たい。
 震える手で両肩を抱き、周りを恐る恐る見回した。
 少女の目に映ったのは、見慣れたものばかりだった。
 ベッドの隣にある小さな窓に、白い布がかけられている。その隙間からちらちらと淡い光が見え隠れしていた。
 そこは、机とベッドのほかには何もない、がらりとした部屋である。
 質素で粗末な部屋に落ち着いた少女は、大きく息をつく。

 彼女の名前は、マリア。
 イシュレスと言われる街の神殿に住むイシュレー。
 イシュレスとは「神に守られた地」と言う意味であり、イシュレーは「神に仕える者」と呼ばれる女のことだった。
 神の為に祈り、神の為に生きる、神の花嫁。
 彼女らが愛し、仕える神をイリス神と言い、人々の心のよりどころだった。
 戦乱の世こそ、神は愛されるもの。
 救いを求めても、その手を差し出すことはない。神とはそういうものだと頭で理解していながら、心が願う。
 イリス神は、きっと我々を救ってくださるにちがいない。
 そう信じて命を落とすものがどれくらい多いか。どこかで死を感じても、願うことを止めない。それが信仰だった。
 人が、人を、人のために殺す。そんな戦乱の時代でも、イシュレーは穏やかに自分たちの生きる道をまっとうする不思議な女たちだった。
 人々は姿なき神をイシュレーに置き換え、彼女たちを敬っている。
 美しい心を持った彼女たちを、神のように思っている者たちも数多く居た。
 決して汚してはならないもの、イシュレーとはそういう存在だった。
 そのイシュレーたちが住むのが丘の上の神殿であり、人々が近づくことを許されない神の領域と信じられている。
 どんなに戦乱が悪化しても、いくら丘の周りに屍が出来ても、その地だけは血で汚してはならない、神聖な場所。
 マリアは、十歳からそこで暮らしていた。

 六年、時はあっという間に過ぎていった。
 もう少しで十六歳になる。成人として認められる歳になった。
 それは、誰よりマリアが望んでいたことだった。
 早く大人になりたい、早く神のために働きたい、それが幼いころからの夢だった。
 両親を亡くし、すべてから隔離された神殿で育ったマリアは、外の世界を知らない。
 そして、この神殿に来る前の記憶すらなかった。
 だからよけいに、イリスへの信仰心が強かった。イシュレーになるために自分は生まれてきた。
 マリアを取り巻く環境すべてがそう物語っていたのだから他に夢など生まれるはずがない。
 まじめでまっすぐな性格のマリアは、それに疑いさえ持たない。純粋なまでに、神に仕えることが一番の幸せだと思っていた。

 人は、必ず生まれてくる意味を持っている。
 そう教えられた時、自分の生きる意味はイシュレーとして生きることだと感じ取った。
 一六歳になれば、その夢が叶う。
 心待ちにしていたイシュレーになれる日を間近に控え、嬉しいはずのマリアはふさぎ込んでいた。
 原因は、数日前から毎晩見る夢。
 その悪夢は、マリアを苦しめた。
 幼い頃から時々、森を誰かから逃げる夢を見ていたが、ここ最近その夢は鮮明になり、さらに恐怖心ばかり強く感じるようになった。
 恐怖に耐え切れず、いつも同じところで目を覚ます。
 それはまるで、不吉なものを予感させる、不安に満ちた毎日だった。
 夢は、マリアに恐怖だけでなく、変化も受け付けた。

 ―― 外の世界を見てみたい。

 失った自分の過去と、見たことのない外の世界。このふたつがマリアを振り回し始めていた。
 ときどき、数日後の儀式より、外の世界に思いはせることがある。悪いことをしているようで落ち着かないとともに、思い出せない記憶が気になって仕方がなかった。

 マリアは、ベッドから起き上がると、窓から月を見上げた。
 悲しげで、儚く崩れ落ちてしまうような弱々しい光に感じた。
 どこかで見たことのある月だった。
 月などいつも同じ形に戻ってくる。
 しかし、月を見て心がざわついたのはこの時が初めてだった。
 あんな夢を見た後だからだろうか?
 月が鮮明に写りこむ。
 しばらくじっと見ていたが、何かがマリアに囁いた。
 人に聞こえるような声ではない。幻想の声に誘われ、神殿を抜け出した。
 まったく人の気配のない闇夜、ひとり丘を下りてゆく。真っ白な外套を羽織り、頭には髪を隠すように布をかぶった。
 白い布は月の光に反射して、マリアの姿は不気味に浮き立って見えた。
 足が勝手に向かうのは、イシュレスを取り囲み、すべてから隔離する森。
 マリアだけではなく、イシュレーはこの森から外に出ることを禁じられている。
 マリアは、神殿からひとりで出ることも禁じられていたため、森に近づくのは初めてだった。
 神聖さに溢れる森も、真夜中では不気味な森へと姿を変えていた。
 月の光をさえぎるように高い木々が生い茂る。
 人の侵入を拒む威圧感が立ち込め、それに闇が混ざり合っていた。人の気配のない森はよりいっそう恐怖を産み落とす。
 月はマリアを誘う。
 そうでなければ、マリアが神殿から出ることはなかった。
 月の光がマリアの過去の記憶の扉を作り出した。どこか、夢と重なり合う目の前の景色に足が動く。
 失った記憶を思い出したかった。
 だから、誘われるがまま歩く。
 もしかすると、閉じられたままの扉が開くのではないかと、微かな期待を抱いて、森へと入っていった。
 
 ―― 思い出して……思い出して。

 幻聴だろう、あの夢の少女が語りかける声がする。
 モノクロの夢の中の世界、たまに見える色の世界は儚く凍えそうな月と、月の光に映える金色の髪。裸足のまま必死に駆けてゆく、真っ白な幼い少女の姿だけ。

「あの子は私……?」

 あの少女は自分に違いない、それだけは確信を持って言える。
 けれど、それしか分からなかった。
 夢に見るのが過去の自分の姿かもしれないと感じていても、その夢があまりにも曖昧で恐怖しか感じない。
 他には何も思い出せなかった。

「真実が知りたい……皆は何か隠している。知らなくてもいいと思っていたけど、このままでは前に進めない」

 マリアは小さくつぶやくと、高い木々の間から光を落とす月を仰ぎ見た。
 その目は、同じ場所で育ったイシュレーたちを思い浮かべていた。
 どうして過去を覚えていないのか、ずっと不思議だった。どうして誰も教えてくれないのか、それも不思議だった。
「あなたは導かれてここへ来たのです。過去などなくてもいいのです。人に大切なのは未来なのだから」
 幼い頃はその言葉をそのまま受け止めていたが、年を重ねる上でそういう言葉で自分の過去を封じてしまっているのだと気がづいた。
 忘れていなくてはならないほどのものなのだろうか?
 疑問は自分への不信感へと変わってゆく。イリスのためにすべてをささげるには、自分の過去も必要に違いない。

 闇の森も怖くはない、月の光が照らしてくれる。
 ここはイリスに守られた場所、何かが起こるはずがない。
 噂にしか知らない外の世界、マリアは怖い人間がこの世にいると考えたことがなかった。
 戦いがあると知っている。
 人が人を殺すことも知っている。
 知ると言う知識はあっても、実感がない。
 流れ、助けを求めてやってくるけが人の世話をしている他のイシュレーを見てもその実感を感じ取ることが出来なかった。
 マリアにとって、現実となって自分の元にやってこなかった。
 人に聞く、それだけでは人が人を殺すと言う行為すら、イリスの教えが描かれた本の文章と変わりはなかった。
 イシュレーたちも、幼いマリアに必要以上のことは教えなかった。
 いずれは知ることになるだろう、でもまだその時ではない。
 時がくるまでは、静かに暮らすのがマリアの幸せだと思っていた。
 そして、マリアが成人する前に世が平和になることを、彼女たちは願っていた。

 マリアは、ただ森を歩き回った。
 たくさんの木々を見上げ、月の光をあびる。
 あの日と同じような風景だったが、あの場所とは違うことに気づいていた。
 何か思い出すきっかけに出会えるのではないかと思ってはいたが、そう簡単に失ったものは戻ってこなかった。

「そう簡単に思い出すわけがないわね」

 帰ろうと来た道を戻ろうとした時だった。
 マリアの耳に、ぞっとする音が入り込んできた。体の底からその音に震えがあった。
 聞きなれない、でも記憶の片隅にある音。

「誰か来る……ひとり……5人……いいえ、もっといる」

 振り返る目には何も映らない。闇がそこにあるだけだった。
 でも、確かに馬の蹄の音がした。
 逃げなければ、隠れなければ、そう思うが動くことが出来ない。
 時が止まってしまったように立ち尽くした。
 現れたのは不気味な姿をした十数人の男たちだった。
 背中には矢が、腰には剣がかかっている。大きな影がマリアを取り囲んだ。

「頭。こんなところに女がいるぜ」

 恐怖を誘う嫌な声。
 マリアは無意識にローブの中の手を握り締めた。
 震えが止まらない。
 馬から下りたひとりの男が、ためらいもなく近づいてくる。
 たいまつを掲げ、まじまじと顔を覗き込むとにたりと笑った。

「こいつは高く売れるぜ。上玉だ」
「確かに、こんな色の白い女は始めて見た。まだ子供だが、かえって高く売れるだろう」
「こんな時間にここにいるあんたが悪い、あきらめな」

 この人たちが夜盗とか、盗賊とか言われるものたちかと思った。
 頭は落ち着いていたが、震えているのが自分でもわかった。
 逃げなくては売られてしまう。
 いくら世間知らずなマリアでも、自分が置かれている状況は飲み込めた。
 普通の人間なら、イシュレーに手出しはしないだろう。天罰が下ると恐れおののくものだ。けれど、夜盗であろうと、盗賊であろうと、自分が何者か知ったところで見逃してくれるとは思えなかった。
 怖がっている暇はない、逃げなくては。
 思ったと同時に、傍にいた馬の足をけり上げた。

 ヒヒーン!!

 大きな悲鳴を上げた馬は、上半身を持ち上げる。
 そして、他の馬たちの中を突進して暴れだした。
 次から次へと馬たちは暴れだし、乗っていた男たちを地に落とす。

 ―― 今だ!

 マリアは混乱に乗じて、取り囲んでいた男たちの中を飛び出した。
 振り返ることなく走った。
 長いスカートが足に巻きついて上手く走れない。
 普段から『走る』と言う事のないイシュレーには、難しいことだった。
 転びそうになっても、逃げないわけには行かない。
 怖かったし、泣きたかった。
 この時初めて、神殿を抜け出してきたことを後悔した。
 いくらでもイリスに懺悔しよう。
 でも、今は祈りの言葉を唱えている暇などない。
 息をきりながらひたすらに走った。
 掴まれば売られてしまう。最悪なら殺されるだろう。
 死にたくはない。こんなところで、まだ何もしないうちに死にたくなどない。
 大好きな月の光すら、疎ましく感じた。
 闇は姿を隠してくれるが、闇を貫く月の光は、マリアを浮かび上がらせる。
 一頭の馬が騒ぎから抜け出して、マリアの後を追ってきた。
 だんだんと近づいてくる蹄の音に、ズキンと頭が痛んだ。
 歯を食いしばり、顔をゆがめる。
 脳裏に浮かぶモノクロの世界。
 何が映っているか分からないほどの速さで、場面が展開する。
 逃げる自分の姿と、幼い自分の姿が重なった。

 ―― あの時と同じだわ。

 そう思っただけで他にはにも浮かんでこなかった。
 逃げて、逃げて、逃げた。
 苦しくなる胸。
 喉の奥がひりひりとする。
 肺が悲鳴を上げる。

「キャッ」

 伸びた手が、マリアを掴んだ。
 背中をつかまれたマリアはぶら下がるように男に取り押さえられ、暴れてもまったく効果がなかった。

 ―― もうだめ……イリス様!!

 そう思った時だった。
 マリアは、頬に風を感じた。
 目には見えない、感覚だけで感じ取った。
 そして、それとほぼ同時に体が空中に放たれ、地面にたたきつけられた。
 痛みも忘れ、振り返った瞳に映ったのは、馬から落下する男の姿だった。
 何事かと覗き込む。
 胸にはまっすぐ矢が突き刺さっていて、もうすでに動かなくなっていた。

「無事か?」

 あまりの出来事に気をとられ、人が近づいてくることにすら気づかなかった。
 死体となった男の姿が目に焼きつく、それは今までの恐怖とは違った怖さをマリアに与えた。人が人を殺す……。
 
「おい?」

 再び頭の上から落ちてくる声に振り返った。
 月の光をあびた、二人の男がそこにいる。
 毛並みのいい白毛の馬と真っ黒な毛色の馬に乗り、高貴な服を身につけた男たちだった。
 微かな風に、黒い髪がなびいた。

「聞こえているのか?怪我は?」

 マリアは、首を振った。
 上手く声が出なかったからだ。
 そうかとうなづく代わりに、男は優しく微笑むと座り込んだまま動けないマリアを抱き上げ、馬に乗せた。
 急に近い距離で、男の顔がはっきりと見ることができた。
 まだ幼さの残る優しい顔立ち。でも、どこか凛とした強さを持っている。
 はっきりとした目の色などは分からないが、闇に溶け込む黒い髪が印象的だった。
 馬に抱き上げられる感覚に、不思議な懐かしさを覚えた。
 前にもこんなことがあったような。そう思うだけで後は何も分からなかった。
 自分が記憶する中で馬に乗ったことなど一度もない、だからよけいに不思議でならない。
 なくしている記憶の中に、そんな経験があるとしか思えない。

「ギルバート様!早く、やつらが来ます。私がくい止めますから、先に行ってください」
「分かった。シレス、後ろを頼む」
「御意」

 シレスと呼ばれた男はそこにとどまり、ギルバート様と呼ばれた男がマリアを乗せて馬を走らせた。
 ギルバートの腕の中で小さく固まってしまったマリアは、身動きすら取れなかった。
 馬に乗ったのも、初めての経験だったが、男の人に抱きしめられているのも初めてのことだった。
 耳元でギルバートの鼓動を感じる。
 今まで感じたことのない温もりが伝わってきた。
 見上げた瞳に映る彼の表情は、険しかった。
 今の状況があまりよくないことを物語っていた。
 
 ―― しっかりしなくては……。

「矢が……矢が来ます」

 マリアは、はっとしたようにつぶやいた。

「何?」

 ギルバートは振り返ったが、すぐに矢は見えなかった。
 一瞬の後、突然現れ、横をすり抜けてゆく。
 それに唖然とした。
 なぜ分かったのかと、不思議そうな顔を見せる。

「また来ます!」

 闇を切り裂く矢の筋を、マリアよりかなり遅れてその目で確認した。
 その時すでに、その矢を避けるだけの時がなかった。

 ―― このままでは!

 マリアを強く抱きしめると、かばうように馬から滑り落ちた。

「うっくっ!」

 歯を食いしばる声が耳もとでする。
 回転しながら落ちた。
 マリアは、すぐに体を起こした。
 ギルバートの肩に矢が刺さっているのに気づく。
 その時、月が作る薄い影が、剣を振り上げている。
 剣はギルバートを目指し、振り下ろされる。

「止めて!」

 マリアは、座り込んでいるギルバートの前に立ちはだかった。
 男が一瞬ためらった瞬間だった。
 マリアの横を、頭にかけている布をさらい取り、矢がまっすぐと男を目指した。
 月は雲に隠れて見えなくなり、闇が訪れた。
 大きな音を立てて、男は崩れ落ちる。

「ギルバート様!」

 駆け寄ってくるシレスの声が聞こえるが、闇はすべてを覆い隠してしまった。
 静まり返った時がそこにある。

 雲が切れ、光が再び降り注いだ。
 マリアの目に入ったのは、喉を貫かれている男の姿だった。マリアのつけていた白い布が真っ赤に染まっていた。愕然として声すら出ない。
 男たちは、月の光が浮かび上がると同時に、マリアを見たまましばらく時を止めていた。
 しっかりと結っている金色に輝く髪が、彼女の背中にたれている。
 月の柔らかい光によって、その髪はよりいっそう幻想的で美しい。

「金髪……」

 先につぶやいたのはシレスだった。
 その表情は驚きと言うより、冷たく凍った表情といった方がいいだろう。
 恐怖にも似た色を表していた。
 シレスの声にはっとなって振り返ったマリアは、忘れていた言葉が頭をよぎっていった。
 「決して髪を人に見られてはなりません」イシュレーの長、ユリア様の言葉だった。
 元々イシュレーは、頭から布をかけていた。
 マリアもそれが普通の服装だった。
 しかし、マリアには特にその言葉を言い聞かせていた。
 人目に髪をさらしてはいけない、その言葉にも隠された意味合いを感じ取った。
 あわてて頭を抑えたがどうにもならない。今さら隠しても、すでに遅い。あきらめるしかなかった。
 マリアとギルバートの瞳が絡み合う。
 マリアは強い光を放つ瞳から目がそらせなくなった。
 緊張したせいで鼓動が早まっていたが、今の方がずっとその音が大きく聞こえた。
 急にギルバートの温もりを思い出して、体が熱くなる。

「名前はなんと言う?」
「マリアと申します……ギルバート様」

 そう言うと、深々と頭を下げた。
 風が止まった。
 静まり返った森は薄明かりを帯びて、夜明けが来るのを伝えていた。
 何の変化もない、マリアの人生に刺す光のようにも思えた。
 今、このひとつの出会いがマリアの人生そのものを変えようとしていた。

 それが運命と言うのかもしれない。

 マリアがはじめてイシュレスにきた時、イシュレーの長ユリアは皆にこういったと言う。

「この子は、運命を背負った子」

 その言葉は、重くイシュレーたちの中に眠っていた。
 けれど、何も知らないマリアだけは、過去と現実のはざまで彷徨っていた。

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