第2話 理由
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不思議な出来事だった。 『自分は月の住人』と、言う彼の言葉はとてもバカらしかったし、冗談にしか思えなかった。でも、それを素直に受け入れている自分自身に驚いた。月から来たと言う言葉が嘘のように思えなかった。それほど彼は人間らしくなかった。 嘘でも、からかわれていも良かった。この現実の世界から、彼が夢の世界へ連れて行ってくれるのではないかと思ったからだ。 「お姉さん、名前は?」 「美咲……倉沢美咲」 「フーン……ねえ、暇なら僕とデートしようよ」 無邪気な笑顔を見せた。 「ナンパ?」 「そう」 彼は何の悪気もなく私の嫌味に答えた。 「そんな気分じゃないわ。それに子供は相手にしないの」 「僕、子供じゃないよ。だって美咲より長く生きてるし」 「嘘よ。私十八歳よ」 「信じない?僕これでも二十八年生きてるんだけど」 「信じるわけないでしょ。あなたのどこが二十八歳なのよ」 「まー普通は信じないか。いいよ、年下ってことでも。僕、一人で暇なんだ一緒に遊んでよ」 私には彼がなんでふざけてるのか分からなかった。言葉やしゃべり方は少年のようなのに、ほんの一瞬、大人びた目をするのを見逃さなかった。私を探るような目……何かたくらんでいるようにも思えなかったが、ただの少年でもないと思った。からかわれているような態度は気に障った。今日の私は自分でも嫌になるほど苛々していたからだ。でも、一人でいるのはもっと嫌だった。一人になりたくてここに来たのに、一人でここにいると不安に押しつぶされそうだった。 怖かった。暗い海に怯えていた。このまま私は誰にも会わずにいなくなってしまうのではないかと……。いろいろあったせいか、少し弱気になっていた。今は、誰でもいいから側にいて欲しかった。 「いいわ。私も暇だから」 そう言って砂浜に腰を下ろした。 「本当?やった!!」 彼は、本当に嬉しそうに笑って私の隣に座った。そんな彼の笑顔が好きだった。なんだか心休まる……。 「ねぇ、あなた寒くないの?」 「月人だって」 「いいじゃない別に」 「だめ」 子供っぽくプイッと顔をそむけた。 「分かったわよ。寒くないの、月人?」 「別に。僕1年中こんなかっこだし。美咲は寒い?」 「……いいえ、寒いって感覚が壊れてるみたい」 「何かあったわけ?」 「……どうしてそう思うの?」 「なんか寂しそうだから」 「寂しくなんかないわ……ちょっと、嫌なことがあっただけよ」 かなり強がった発言だった。月人の言う通り私は寂しかった。裏切られるということがどうゆうことなのか身にしみて分かったから。 「僕でよかったら聞くよ。悩み相談てやつ」 「月人に言ったてどうにもならないわ。もう終わったことだもの」 「嘘ばっか!大人ぶって、ヤダヤダ。もう終わったこと?全然終わったて顔してないのに?誰かに話したらすっきりするってこともあるだろ」 私はため息のような笑いをこぼした。子供だって思ってる月人の言ってることは図星だった。終わってなんかいない、私の中では何ひとつ解決されていなかった。勝手に、一方的に終わらせたのは、あの人だから。 「失恋したのよ。三年間付き合ってた彼に」 「何で?」 「何でって……結婚が決まったから別れてくれって」 「…………」 月人は何も言わずに私の話に耳を傾けていた。チラッと見た月人の目は真剣だった。 「失恋は……よくあることだと思う。人間だもの合わなくなることだって、他に好きな人ができることだってある。もう子供じゃないものそれくらい分かってるの。でも、許せなかった」 「何を?」 「同じ月日、その人とも付き合っていたから。私はずっと騙されてたってこと」 良くある二股。その事実が目の前に現れたとき、許せると思っていた現実が揺らいだ。私は、許せなかった。私を好きだと言っていたのは嘘だったのか?私に囁く言葉も、私に触れる手も、すべて偽者の心だったのか? 「あの人が好きだったの」 「……うん」 「私は本気で恋愛していたわ。あの人にとっては子供じみた恋だったとしても」 「……うん」 「なのになんでかな……?何で私は彼の一番になれなかったのかな……?」 涙は出なかった。辛いのに、悲しいはずなのに、泣けなかった。 「ここに来ると、忘れられるの。嫌なことも、辛いことも、悲しいことも。みんな海が吸い取ってくれる」 私は月人がいるのも忘れるくらい波の音だけを聞いていた。まるで私の中にまで波が押し寄せてくるみたいに近くに響いていた。ただじっと海を見詰める目には目の前にある海さえも映っていなかった。 私が見たかったのは、あの人と出会う前の自分の姿だったのかもしれない。あの人に出会う前の私はいったいどうやって毎日を暮らしていたのだろうか。毎日何をして、何を感じ、何の為に生きていたのか? 何も見えては来なかった。 どんなに辛くても、忘れてしまいたくても消し去ることはできない。今の私を、変える事はできなかった。簡単に消しさってしまえるほどの恋だったらきっと、こんなに空しくはならなかっただろう。 「このまま、ずっとここに居たいな」 言葉が勝手に口からこぼれた。 このまま、ここに……。 もう、何もしたくなかった。何もしなくていいのなら、あの人を忘れるまでここに何も考えずに居たかった。私の中で、あの人の存在がこんなにも大きなものになってることに私は初めて気が付いた。 +----------------------------------------------------------------+
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