第7話 放課後

   <小説>   


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 亨は隣町へと出かけていった。国立星翔大学……この辺で有名な大きな大学である。
亨は大学の門を見上げて、制服のまでここへ来た事を後悔している所だった。校門の前でどうしようかと立ち尽くしている間にも行き交う人誰もが亨を見て通り過ぎていく。その視線が痛くてたまらなかった。緊張にさらに追い打ちをかける。実際こんな所に立っていても「クラサワミサキ」と言う人を知らないのだから意味の無い事だと分かっていた。しかし、誰にどうやって話し掛けようかと悩んでいた。

 そんな時だった。

「ねえ、誰か待っているの?僕」
「お姉さんと遊びましょうよ」

 派手な服装の女の人が2人話し掛けてきた。

「はい、音楽科の方を探しているのですが音楽科の方ですか?」
「音楽科?悪いけど知らないわ。あそこはちょっと変わっているから」
「そうですか……」
「そんなことより遊びに行きましょう、君可愛いし」

「え?いいえ、そんな」

 ナンパにはなれていなかった。
どうやって断わるかと必死に考えたが、あまり良い考えは浮かんでこなかった。

「音楽科の誰に用?君達困っているじゃないですか」

 背の高い少し茶色がかった髪の紳士が間に入ってきた。瞳の色も薄い茶色で日本人離れした顔立ちが印象的だった。何よりその話し方が落ち着いた雰囲気を漂わせている。きりっとスーツに身を包み、この暑さの中で平然としているのだからただ者ではない。 ばつが悪そうに話し掛けてきた女の人たちはそそくさと退散していった。それにあからさまにホッとした。

「で?誰に用?」
「月城高校1年の松宮亨と言います、こんにちわ。音楽科の方ですか?」
「ええ、まあ」

 難しそうに笑顔を見せた。

「倉沢美咲さんという方なのですが」
「倉沢?失礼だけどどういう知り合いですか?」
「あの……それは」
「どういった用?」
「それは……」

 亨はいきなり理由を聞かれて戸惑った。まさか本当のことを言うわけにも行かない。嘘を言う事は体が拒否しているかのよう冷や汗をかいた。

「うーん。言えないって言うのは?」

 少し疑いの満ちた顔を見せた。何か理由を言わないとければ。必死に頭をまとめようとするが、なかなか上手くまとまらない。

「倉沢さんの知り合いの知り合いなんです。たのまれ事をして……」

 それが嘘だときっとわかっただろう、ひどくその言葉はあやふやだった。帰りなさいと言われたらどうしようかと思ったが、その男の人は優しく微笑んだ。

「失礼疑って。でも、うちの学生に何かあっては大変ですからね。最近は変な事件も多いことですから。でも、君は大丈夫そうですね。きちんと挨拶の出来る子に悪子はいないと思っています」

 そしてまた優しく微笑んだ。自分の耳を疑った。

 ―― うちの学生?この人先生?!

 亨の顔から何を考えているか察しがついたのか苦笑いした。どう見ても先生には見えない。余りにも若い容姿だったのでどう見ても学生にしか見えなかった。落ち着いた雰囲気から学院生くらいならまだ分かったが、教師となると驚きしか感じない。彼は、門の奥を覗き込んだ。

「倉沢さん、お客様だよ」
「?」
「髪の長いほうが君の探している人だ」

 亨も中を覗きこんだ。友達と連れ立ってこっちへ歩いてくる人が見えた。長い髪が風になびいている。

「先生?お客って?」

不思議そうな顔で先生を見かえし、視線の先にある亨を見つめた。

「あなた誰?」
「初めまして、松宮と言います」
「知り合いの知り合いらしいですよ」
「知り合い?」
「あの……月人と言うんですけど……」

 目の前の綺麗な人が息を飲んだ。驚きの表情を浮かべて立っている。目を丸くしている大きな瞳はとっても綺麗だった。白い肌は佐和子と違って健康的で、長い髪は綺麗なウェーヴを描いていた。漆黒の黒い髪は、日に照って美しい光を反射させている。少し気の強そうなしっかりとした顔つきが亨の瞳を覗き込む。驚くのは当たり前だろう、夢の中で会った月人の知り合いというのだから。

「知らない人かい?」
「いいえ、知っています」
「そうか、じゃあ……また次の授業でね。倉沢さん」
「はい」

 先生が立ち去ると、美咲は面白そうに笑った。そして亨の瞳を覗き込んで、言った。

「とりあえずどこかにはいりましょうか、立っていると日射病になりそう」

 言われるままに近くの喫茶店に入っていった。そして、窓の側の席へと腰掛けた。 クーラーが涼しいくらいきいている。落ち着かない亨を見て美咲は笑った。気の強そうな印象とは裏腹に優しい感じをあたりに振りまいている。かなりの美少女。佐和子とは違って芯がつようそうな人だった。

「で、月人と本当に知り合いなの?どこで会ったのかしら」
「信じるかどうか……夢の中です」

 ひどく発言にためらいがあった。間違えた答えを言うかの用に罪悪感もある。

「信じるわよ。月人には夢でしかあえないもの」

 亨は、目をぱちくりさせた。

「あの……」
「ストップ。まずあなたの状況を教えてくれない?」
「はあ」

 気の無い返事と共にとりあえず最近の夢の話をしてみた。この人はこんな事本当に信じているのだろうかとどこかで疑った。真剣に話を聞いている美咲の瞳に吸い込まれそうだった。何の疑いも無く、自分の話を聞いている。頭の可笑しいやつとは思わないのだろうか?話していても気が気じゃなかった。

「そして、月人が私に会えって?」
「はい」
「やってくれるじゃない。相変わらずお節介なんだから」

 月人が夢で言っていた「お節介って怒られるかな?」という言葉を思い出した。

「あの信じているのですか?」
「何を?」
「番人の存在を」

 美咲はじっと亨を見た。

「あなたは信じていないの?亨君」
「はい……夢か現実かが……」
「ならなんでここへ来たのよ」
「何か道が開けるかと思って。まさか本当にいるなんて……いいえ。信じてはいるんです、きっと。でも……」
「それを誰かに肯定してもらいたかったのね」

 亨ははっとしたように俯いていた目を美咲に向けた。そして小さく頷いた。

「分からなくはないわね。現実に会った事でも、誰かに言われるまで気が付かなかったり自分で気が付かない不利をしたり。人間なんて弱い生き物だから、皆そうよ。責められたでしょ、彼らに。何で信じて入れないのかって」

 亨はうなずいた。

「彼らはすべてを見通す力があるから。そして、信じているのよ私たちのことを何をなくしても一番に。 強い信念でね。だから私たちみたいに思考の淵をうろうろしているのはお気に召さないわけ。 気にする事は無いわ、それが彼らで、これが私達なのだから」
「なぜ、美咲さんは信じているのですか?」
「なぜって?」

 美咲は少し遠くを見た。

「月人と出会っていなければ私はここにいないからかな」
「?」
「冬の終わりごろだったわ。私、失恋して最悪な状況だったころがあるの。帰りに海を見に行った。雪の降る寒い日。私は寒さなんて感じなかった。彷徨い歩くように海をふらつき、孤独に浸っていたの。そんな時、月人に会った。彼はその寒さの中に、ランニングと短パンだったわ。もちろん夢の中の出来事だった。本当の私は事故にあって生死の淵を彷徨っていた。病院のベットの上でね。私は逃げていたの。そして忘れてしまいたかった、否定され捨てられてしまった自分を。すべて無かった事に……。そのままそこにいたら私は生きていない。月人の言葉が私を救ったの。夢の世界へと迷い込んだ私を現実に引き戻したのは紛れも無く月人よ」

 亨は愕きのあまり口が聞けなくなっていた。

「蛍があなたにしか出来ないといったのなら、その主人は深く関わりのある人よ、きっと。彼らは未来を垣間見る事が出来るから」
「どういう?」
「まったく関係の無い人そんなこと頼みに来ないわよ。番人同士も仲がいいのよ。月人と、蛍が仲がいいかは分からないけど、月人ってお節介だから色々と世話焼いているみたいだし」
「どうやって助けたらいいのでしょうか?」
「あなたが戦うべきは自分の心とじゃない?誰かそこに住んでいるんでしょ?その人が主人」

 亨は美咲から目をそらした。

「亨君。本当は気が付いているんじゃない?誰が助けを求めているか。なぜ、それを隠しているの?」
「…………」
「難しく考える事じゃないわ。私の場合助けられただけで助けたわけじゃないから偉そうなこといえないけど、助けるのは闇に変わってしまった心よ。その人は諦めてしまったのね。人生を」
「え?不安と恐怖じゃないんですか?」
「それもあるとは思うけど、どちらかと言うとすべてを諦めたって感じじゃないかしら。光の希望すらない闇の夢なのだから。不安と恐怖はむしろあなたが感じた心の振るえ。亨君が出来る事は希望を見つけさせてあげる事じゃないかしら。どうしてすべてを諦めてしまったのかは分からないけど、きっと辛いからだわ。今の自分の状況が。思い当たる人いるんでしょ?」

 亨は頷いた。

「でも、まさか……彼女が。笑顔を見せていたし……」
「笑顔なんて見せ掛けだけだった出来るわよ」
「そう……分かっているんです。彼女が深いところで感じていた辛さや不安、恐怖も。でも……。彼女を救えるのは僕じゃない」
「なぜそう思うの?」
「俺がただの高校生だから」
「関係ないと思うけど。希望を与える事に年なんて関係ある?」
「そうでしょうけど」
「あなた頭いいのに、何でこうなのかしら。まあ、知ったかぶりで、思い上がりのほうが最悪だけど」
「分かっているんだ、救いたくっても僕にはどうしょうも無い。希望ってどうやったら伝えられるかな」
「呆れた」
「何がですか?」

 美咲はじっと見つめただけで何も答え無かった。

「悩みなさい、青少年」

 そう言ってにっこりと笑った。

「あの、変な事聞いていいですか?」
「何?」
「番人と主人って似ているんですか?分からないですよね、美咲さんも知らないのでしょうし」
「似てないわよ」
「知っているんですか?」
「月人はいわないし、私も聞かないけど、知っているわ。あの人がそうだって……確信はないから信じているってたぐいかな」

 美咲ははっとしたように言った。

「全然似てないってわけじゃないと思うわ。似ている番人もいるって言うし。あなたが似ているのかって聞いたって事は全然違うってことでしょ」

 亨は頷いた。

「でも、まったく違うともいえないと思うわ。私は笑顔が同じだと思ったの。笑った時の笑顔その温かさ。 月人の笑顔には本当に惹かれたわ」

 亨は昨日の月人からそんな優しい雰囲気は感じなかったなと記憶を手繰り寄せてみた。それでも、美咲の話をしたときの彼の顔は確かに優しかったと思った。月人に会った事がある美咲は、彼にとっての主人ではないと言う事を物語っている。しかし、月人にとって美咲大切な人なのだと感じた。そして、美咲にとっても月人は大事な人なのだと思った。信頼関係。現実なんて馬鹿げている。何をそんなに線を引きたがったのだろうか?目の前にはこんなに信頼しあっている2人がいる。夢も現実も無く人と人として。これが信じるって事なのか。亨は驚愕と共に暖かい気持ちをもらった気がした。

 亨の頭には2つの顔が浮かんでいた。ひとつは蛍。もうひとつは病院の個室で手術を待つ少女佐和子だった。
 性格はたぶんまったく反対だろう。見た目も歳も違う。似ているとすれば声、はかなく響く美しいあの声。蛍は幼いながらも大人っぽい声をしていると感じた。そして、初めて声を聞いたときどこかで聴いたことのあるような声だと思った。紛れも無く佐和子の声だった。
 佐和子は手術への思いが闇を見せているのだろうか?諦めと言う美咲、助かると言う確立をあきらめてしまっているのかもしれない。もう自分は生きてられないと? 死を覚悟しているのか……死に対する恐怖ではなく、死んでしまった後どうなるのかと言う恐怖か? 不安は手術に対する不安ではなく、もっと別のもの?
 先日見た佐和子の笑顔が偽者だと亨は知っていた。 あの日教室で見せた笑顔に比べるとひどく辛そうなものだと感じていたのだ。死を恐れない人はいない。死にたいと思う人より生きていたいと思う人のほうが遥かに多いだろう。病と生きてきて、病と闘ってきた。佐和子は戦う事を諦めてしまったのか?生きることへの希望を捨ててしまったのか?
 恐怖と不安に慄き、死神の声が聞えるというのか?

 佐和子を救いたい。彼女を救えるのは自分だけ。なぜ自分しかいないのか分からなかった。いつも側にいる親兄弟ではいけなかったのだろうか?ほんの1ヶ月しかくることの出来なかった学校の、いくつか交わした言葉。たったそれだけの思い出しかない自分でなくてはいけない理由は何だろう。佐和子を本当の意味で救えるのは医者しかいない。どんな名医より自分の存在が大きいという理由はなんだろう。

―― 僕に出来る事?

―― 違う、僕がしたいと思うことだ。

 美咲はしばらく考え込んでこういった。

「ねえ。番人が誰に助けを求めるか知っている?」
「いいえ」
「運命の相手よ。人には必ずいるんですって、運命の相手が」

 亨は気が付かないうちにかすかに赤くなっていた。 美咲はそれに気がついてにっこりと笑った。

「どんな運命かは分からないわよ」

 そう言って意地悪っぽくまた笑った。そして、チラッと窓の外に目を向けた。

「そろそろ失礼するわ、これからデートなの。亨君忘れないで、必要なのは番人がどうとかではなくって、自分がどうしたいかよ。忘れないで運命とは常に自分で切り開くものなんだから」
「はい」

 心に迷いはあった。分からない事もたくさんあった。しかし、昨日の夢の中での自分とは少し違っていると分かっていた。素直にすべてを受け入れた自分がいた。こんなにも疑いなく信じている美咲に感化されたのか、もとから信じていたものを肯定されて想いが解き放たれたのかそれは分からない。しかし、それでも今なら何か力になれるような気がした。

「悩みなさい。純粋も良いけど、度を越えるとちょっと問題ね」
「?」
「じゃあ、さようなら」

 美咲はそう言って伝票を取った。

「あ!僕の分」
「いいわ、高校生にお金を出させるわけには行かないもの」
「でも……」
「気を使わないの、こういうときにはなんて言うのかしら?」
「ありがとうございます、ご馳走様でした」
「はい、よくできました」

 完全に子ども扱いされている自分が恥ずかしかった。美咲はわざとそう言っているのが分かったので、かすかに頬を染めて静に椅子に座った。面白そうに笑うと立ち去ろうとしたが、立ち止まった。そして思い悩んだ末に、振り返った。

「ねえ、月人の主人って誰だと思う?」
「さあ」

 困惑する亨は首をかしげた。美咲は視線を窓の外へと向けた。亨はその視線の先を見た、そこには一台の車が止まっていた。白い色の高そうな車だった。誰が載っているのか目を凝らしてみたが、めがねをしていないので全然分からなかった。

 美咲はそういうが早いか立ち去っていった。やはり、楽しそうに笑い声を残して。亨は慌ててめがねを取り出してかけた。そして再び車を見た。ちょうど美咲がそこへたどり着いた時だった。こっちの方を見て微笑む美咲の姿が良く見える。かすかに見える運転席に見たのは薄い茶色の髪だった。

「あ!!」

 思わず大きな声を出してしまって、慌てて口を塞いだ。恥ずかしそうに回りの視線を交わして小さくなった。視界に飛び込んできたのはまぎれもなく美咲を呼んでくれた紳士。

「あの人が月人の?……笑顔が同じってまさか!」

 亨は少し信じれら無かった。あの先生の優しさ溢れる暖かい微笑みが、昨日の月人と重ならなかったからだ。でも、車で去って行く二人を見送りながらお似合いだなと思った。あの時の先生の行動は生徒を気にするのではなく彼女を心配してとった行動だったのかと思った。

「奥深い」

 恋愛の経験の無い亨にはそのちょっとした感情が分からなかった。それに触れたかすかに頬を赤く染めたのだった。
 亨は、佐和子にまた会いに行こうと思った。今はそれしか出来ないから、彼女にただ会いに行こう。

 夕日が空のかなたへと消えていった。赤く染まった空が次第に闇に見に染まっていく。幻想的な一時。オレンジ色はあの日の教室を思い出させる。美しく染まった教室にひとりたたずむ少女。佐和子のあの姿。記憶の断片などではない。物語のようにすべてが亨の中で繰り返される。忘れる事の出来ない、あの時。大切な夕暮れの想い出だった。

 また夜が来る。空は闇に飲み込まれて行った。また闇が来る。この夕暮れの空と同じように。


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