第三章

 第四話 呪いの門

   <月の図書館>   


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 差し込んでくるまぶしい朝の光と、遠くに聞こえる雑音にキャメロットは目を覚ました。
 眠さとまぶしさに開かないまぶたを、擦る。
 はっきりしないぼやけた視界に、レオナルドの顔が飛び込んできた。いまだに抱き寄せてくれている。触れている腕からも何か尋常ではない空気を感じ取り、すぐ傍にある顔を覗き込む。どこか遠くを鋭くにらむ瞳には、青い炎が揺らめいていた。ぞくりと悪寒を感じたキャメロットは、レオナルドの腕から身を引いた。
 今までキャメロットが起きたことにも気づかなかったのか、腕から消えた体温に視線を落とした。

「起きたか……すぐに部屋へ戻るんだ」

 低い声は、短く言葉をつむぐ。

「何かあったの?」

 寒々とした空気を敏感に感じ取り、恐る恐る聞いてみる。答えたのはカークだった。

「あいつらが来たんだ。身を隠しているほうがいい」

 カークの言葉に、キャメロットはレオナルドの視線を追うが、そこにはもちろん壁があるだけだった。方向的にアストラートがある方向ではないかと推測した。騒がしいのもそちら側だろうから、間違いない。

「よくたどり着けたな……」
「あんたは苦労しただろうな」
「どうして、オレだけが?」
「あんただけじゃない。案内役がいなければ誰でも迷うだろう。それも呪いだろうからな」

 含みのある表情をしたレオナルドに、カークはすぐに誰が案内役なのかわかった。

「アスベルが先導しているとは思えない。知らずうちに引っ張ってきたってわけか」
「そういうことになる」

 竜族が集まってきている。ざわりと体が拒否反応を示す。体が勝手に震えてくる。恐怖心が強く、握りしめる手に力が入った。意味もなく、わけもわからず怖いと思ったのは初めてだった。

 ―― なにか、とんでもないことが起ころうとしている。

 嫌な予感がして、仕方がなかった。

「どうする気だ?」
「……出方によるな」
「言ってやれよ、無駄なことはよせと」
「それであきらめるようなやつらか?」
「ふん、よくわかっているじゃないか」

 カークは、鼻を鳴らした。

「頭のいいやつがいると聞くが?」
「ああ、父に逆らえないようなやつだ、宝の持ち腐れだ」

 今度は、レオナルドが口角をあげた。

「ジュラ、やつらを門のところまで連れて来い」

 どこからか現れた黒い鳥は、けたたましい羽音を立てて、キャメロットの肩に止まった。耳の傍でした羽音と柔らかい感触に驚いて小さく悲鳴を上げる。
 レオナルドの冷たい視線を感じ、ジュラはまた飛ぶと、おとなしく座り込んでいたドレイスの頭に止まる。キャメロットは、その勇気ある選択に目を見開いた。

「全員ですか?」
「王と王子。そして、アスベル以外はどうでもいい」
「わかりやした。ただ、急いでもちょいと時間がかかるかもしれませんぜ」
「何でもいいから早くいけ。いつまでもそこにいると、食われるぞ」
「うぎゃ」

 ドレイスは、憤慨寸前というようにじっとジュラをにらみつけていた。
 レオナルドの言葉にわざと威嚇する声を上げる。恐ろしい声に、ジュラは一目散にとびだった。
 その姿は情けなく、キャメロットは緊張していた表情を緩める。
 ジュラはとにかくつかみ所がない、変な鳥だ。
 わざととは思わないが、ジュラの登場がその場を少し和ませた。それは、状況を読み取るだけの落ち着きをもたらしてくれた。キャメロットだけでなく、呆れかえったレオナルドも、ドレイスをけしかけたカークも同じだった。

「アスベルをどうするの?」
「心配か?」
「当たり前でしょ、たった一人の友達だもの」

 レオナルドは、目を眇めた。

「あいつが欲しい言葉はそんな言葉じゃないと思うが……」
「え?」
「いや……なんでもない。ジュラいつまでいるつもりだ!早く行け!!」
「わかってます!」

 レオナルドの様子を伺って、あたりを飛び回っていたジュラがあわてて、窓から外に出て行った。

「あんたは一緒に来てもらう」
「人質か?」
「ここにずっといたいのなら別にかまわないが」
「それは嫌だ。もうここにも飽きたからな」
「ヘレス、キャメロットを塔の上へ」
「わかった」

 レオナルドの肩に止まっていた、ヘレスは静かに答える。ジュラとは違い、まったく羽音を立てずに飛び上がると、キャメロットの肩に移る。

「いやよ。私も行くわ」

 キャメロットは、すぐさま反発した。それも一瞬。レオナルドの鋭い視線を感じ、息を飲む。

「殺されたいのか」

 冷ややかな声に、冗談は感じない。キャメロットの体はひやりと冷たさを感じる。重い声は鋭く、突き刺さるナイフのようだった。

「ヘレス、絶対に部屋から出すな」
「わかっている、レオ」

 押し黙ったキャメロットを見て取ると、小さく息を吐いた。更なる反論すら与えない空気に従うしかない。
 肩を落とした様子からあきらめを感じ取ったのか、レオナルドはかすかに安堵を表に出した。
 ヘレスはすぐさま姿を変える。まったく違う鳥のような変貌振りに驚くしかない。羽根は大きく、体つきも、足の爪さえもまるで違う。レオナルドの翼と同じくらい大きく、鳥には見えない。空を飛ぶ生き物のようだった。
 姿を変えたヘレスが再び肩に降りてきた。その瞬間、ずっしりとした重みに重心を失い、足に力を入れる。それでも、肩に感じる重さに目の前が暗くなった。

「ヘレス、キャメロットがつぶれる」
「……すまない」

 自分の体重の変化に初めて気づき、あわてて飛び上がった。宙に浮いたまま、キャメロットの両腕をつかむ。大きな爪は肌に食い込むことはない。体はふんわりと宙に浮いた。その感覚は鳥族であるのに、キャメロットにはめったにない感覚だった。
 レオナルドは、カークを連れ立って、来た道とは別の入り口に歩いていった。そこはかなり大きな扉で、直接外に出られるようになっているようだ。先を急ぐ後姿から、かすかに横顔が覗き見える。無表情と表現するのがぴったりで、強烈な印象を植え付けた。強いまなざしに燃える炎。憎しみ、悲しみ、長い年月蓄積されたありとあらゆる感情が燃えている。

「待って、ヘレス。おろして」
「キャメロット?」
「ちゃんと部屋には戻るわ、レオナルドに聞きたいことがあるの」

 ヘレスは、何も言わずにレオナルドの傍に近づき、キャメロットをおろした。その後はキャメロットの足元に静かに舞い降りる。

「レオナルド、教えて」
「何をだ?」
「行ってどうするの?何を考えているの?」

 いぶかしげな視線を向ける。
 先に出たカークはドレイスをなでて、こちらを振り返る。
 さんさんと太陽が輝いているにもかかわらず、冷たい風が塔の中に舞い込んできた。乾いた、廃墟の風だ。

「審判の門へ入れてやるんだ」
「どうして。わざわざ入れるの」
「どうせ、塔には登れない……ほとんどのものたちはな。帰れといったところで帰るやつらじゃない。自分たちで入れないのだと気づかせるしかないだろう」
「アスベルは?彼をどうする気?」
「私は何もしない。あいつがどうなるかは、あいつ次第だ」

 レオナルドはキャメロットから視線をはずし、目をあわせようとしなかった。いつも、見据えるような視線を向けてくる彼には珍しいことだ。
 乱れていたマントをきっちりと着なおし、すっぽりと翼を覆い隠した。醜いと評す翼が隠れて見えなくなる。風が布をさらい、美しい銀髪がゆらりと流れる。

「どういうこと?」
「説明するのは難しいな。私にもわからない。ただ言えることは、楽園を欲するものはみんな試されるんだ」
「誰に……」
「鳥族最後の王……この塔に願いをかけた本人さ」

 レオナルドは、胸に下がっていた不思議な形のペンダントを乱暴に引っ張った。銀色の鎖が儚く切れる。
 そして、小さく聴いたこともない言葉を唱えた。
 聞いたことのない音なのに、懐かしい気がした。鳥族特有の言葉なのだろう。

「呪文?」

 呟いたのはカークだった。奇妙な光景を見るように、レオナルドの行動を目で追っている。
 呪文は、低い声が奏でる音楽のようだった。
 声に反応し、ペンダントはきらりと光を放つ。ほぼ同時に、あたり一面光が溢れた。目が開けられないほど強い光に、キャメロットはぎゅっとまぶたに力を入れた。
 光が薄れるのに、時間はかからなかった。薄れ行く光の渦に、おそるおそる目を開く。
 かたん、と石をたたく音が聞こえるまで視界がはっきりしなかった。キャメロットの目に飛び込んできたのは、奇妙な切っ先の錫杖だった。
 きらりと光る金属の色に、キャメロットは目を見開いた。
 瞳に映ったのは驚きではなく、恐怖。脳裏を支配したのは、かつて浮かび上がった黒い影だ。真っ黒な闇の中、カークを切りつけた幻影と重なった。振り返り、にやりと笑ったレオナルドの顔を思い出す。
 あれは夢。不安が見せた幻影だ。
 そう思っていたが、幻影のレオナルドが握っていたものが、レオナルドの手の中にある。
 あの光景のせいか、おとなしくも立派に飾り付けられたいくつもの宝石がまがまがしく見え、美しく光っているのに血にさえ穢れて見える。
 鈎針のように曲線を描く金属は、剣にも槍にも見えないが、高貴な武器のように見えた。
 体は震え、顔色もかすかに青くなる。キャメロットの様子の変化に、クリスが心配して肩に止まった。

「それで、アスベルを殺すの……?」

 問われたレオナルドは一瞬、目を見開いた。ただ、すぐに元の表情に戻る。

「……さっきも言った通りだ。あいつ次第だと」

 レオナルドは、キャメロットがどうしてそんな発言をしたのか知るはずもないが、答えを変えようとはしなかった。
 まったく変わらない表情から、何も読み取ることが出来ない。

「キャメロット、あれは……」
「ヘレス、いい」

 レオナルドの無口さに、ヘレスが何かを言おうとしたが、あわてた様子もなく強く言葉を制す。人間のようにため息を吐くと、それ以上何も言わなかった。

「そんなにアスベルが大切か?」
「……もちろん」
「そうか……」

 まるで意外なものをみたように、カークは眉をしかめた。
 少し寂しげにうつむく孤独の色をあらわにしたレオナルドは、そのまま外へと姿を消していった。

 キャメロットの目はレオナルドの後ろ姿を見つめながらも、どこか遠くを見ていた。

「キャメル?」

 じっと扉を見つけている姿に、クリスが話しかける。

「なんでもない……なんとなく行かせたくなかったの……」
「歴史は繰り返す……」

 キャメロットの様子をうかがっていた、ヘレスが低い声で囁く。思わずこぼしてしまったというほど小さなささやきだった。言った後に、少し気まずそうな顔をして、飛び上がる。

「行くぞ」
「ヘレス、歴史が繰り返されるってどういうこと?」

 ヘレスは、キャメロットの目を覗き込んだ。何かを読み取ろうとする鋭い瞳だった。

「知りたいか?」
「知りたいわ。私は真実が知りたいの」
「……そうだな、キャメロットには知る権利がある……いや、知らなくてはならない」
「教えてくれるの?」
「知りたいのなら教える。私は、レオナルドではないからな。隠すことがすべてだとは思わない。ただ、あまり良い昔話ではない。覚悟をして聞くことだ」
「ええ……」
「しばらくおとなしくしてろ。話をするのは塔の上に戻ってからだ」

 ヘレスに決断を変えさせないためにも、口をつぐんだ。おとなしくヘレスにつかまれ、浮き上がる。
 塔の上まで、そう時間がかかるものではなかった。
 ふわりと浮く体は一度外に出ると、再び塔の中に入り込む。そこには終わりのない階段が続いていた。登りきることが出来るのだろうかというほど長く、先も終わりも見ることが出来ない。さびれているが壊れていない石の階段は、上り行くものの足音もなく、キャメロットの眼下を通り過ぎていった。


 塔の外でも、過去の話をしていた。
 竜族の王族すら知らない、竜族の過去が知ることができる。
 鳥族が滅びた時代の真実を知る機会は、もうないだろう。好奇心と探究心が抑えられなかった。

「あんたの生きた歴史はどんなものだったんだ?」

 レオナルドはちらりと、カークを見るとすぐに視線をそらした。おもむろに言葉をつむぐ。

「かつて、一度だけ戦いが起こったのは知っているのか?」
「鳥族が滅びたあの戦いのことだろう」

 滅びたという言葉にカークをにらみつけたが、小さなため息と共にそうだと答えた。

「あの時も今のようだった。竜族の王は楽園を求めやってきた。塔を建てようなどとは考えなかったがな」
「あの男は馬鹿だからな」
「斬新な考え方だが、無駄なことは無駄だ……王族はたいてい馬鹿なことをする……」
「それは心外だ」

 レオナルドは、鼻で笑い飛ばした。

「竜族のことだけじゃないさ……」

 カークにも聞こえないほど、小さな声で呟いた。
 吹き込む風の音で、その言葉はカークへは届かない。何か呟いた、と疑うように視線を向けたが、レオナルドの視線はその質問を拒んでいると感じ取りあえて何も聞かなかった。

「今と同じなのは、もうひとつある……竜族の中で塔に登れる可能性のある人間がいるってことだ」
「何だって!?」

 さらりと言ってのけた言葉に、カークは叫び声を上げる。ドレイスすら音が聞こえそうなほど瞳をぐるりと回転させた。

「お前は、審判の門に入ったのだろう。中はどうなっていた?」
「中?何もないがらりとしたところだったぞ」
「何人、切った?」
「ああ、あの兵士たちのことか。確かにたくさん切ったぜ、襲い掛かられて武器を持っている竜族の体が反応しないはずがない。切った感触がなかったから幻影かなんかだろ?」
「そうだ。あの兵士たちはこの塔が見せる幻影だ。審判の門はまさに試すための門だ。この塔に入る資格のあるものかどうかをね。最後の王がこの塔にかけた『呪い』のひとつだろう」
「どういうことかわからない」

 カークは、戸惑いというよりは興味を見せた。
 塔の中に入り、少し経つと誰もいなかった寂れた空間に鳥族が現れた。
 まったく生気の感じない人形のような鳥族は、飛び掛るように襲い掛かってくる。
 違和感はあった。気配を感じないということもあるが、頭から鳥族は戦うことを忌み嫌う種族だと知っていたからだ。彼らが襲い掛かることなどありえないと思った。それでも、体はすばやく剣を抜き、細い体を切り裂く。狙うのは一発でしとめられる部分。竜族が教え込まれる戦いのすべては、体に染み付いてはなれない。特に竜使いとして訓練を受けているものは、戦うことを義務付けられている。反射的に攻撃を回避し、攻撃を仕掛けることなど目を閉じていても出来る。襲われて、カークが剣を振るわないわけがない。
 竜族なら間違いなく、剣を振り下ろすだろう。

「塔は心を読むんだ。もし、侵入者の目的が楽園なら衛兵が現れる。切ったら最後、塔に登る資格はない」
「!!」
「いや、登っても楽園が手に入らないと言ってもいい。登れようと登れまいと同じことなんだ」
「目的が違ったら?」
「塔に登り、さらに試練を受ける」
「試練?」
「私も詳しくは知らない。まあ、ひとつは永遠に続く階段だろうが……目的からすると門だけで十分なんだ。そこを抜け出る者がいることを……王は願ったのだから」
「切ってはいけない……楽園を求めない……それだけで竜族には無理ということか……」

 カークは、大きなため息を吐いた。

「古くから、塔にたどり着いたものは門で迷い、力尽きた。幻影に殺されたといってもいいかもしれない……戦いを、人の死を嫌う鳥族の、竜族に対する唯一の仕打ちだろう」

 レオナルドは、苦しげに言う。彼自身、信じられなかったのだ。あの王がそんな呪いをかけるなんて。誰よりも共存を望んだ人だったのだから。

「さっき、可能性があるやつがいるって……」
「思い当たる人物がいるだろう?」
「アスベル」

 迷いはなかった。
 レオナルドの口元に小さな笑みが浮かぶ。瞳は決して笑っていなかったが、歩く足を止めて振り返った。

「過去に、一人だけ塔に登れたやつがいた。楽園を求めず、人をあやめることを嫌い、ただ一人を求め、この塔にやってきた竜族の男」
「いたのか?」
「ああ……一人だけ……その男が、鳥族と竜族の戦いを巻き起こす引き金になったといってもいいがな……」
「誰なんだ?」
「……竜族の王子だったよ、あんたと同じな」
「っ!?」

 カークは声にならない声を上げ、驚きのあまり押し黙った。
 レオナルドは苦い笑みを浮かべただけだった。言いたくないことを言ったと言うように。

「そんなに知りたいか?過去、何があったのか。竜族が何をしたのか。鳥族がどうしたのか」
「知りたい」

 きっぱりと言い切ったカークに、レオナルドは興味を覚えた。
 この男は、少し自分の知る竜族とは違っている。忌み嫌う王族なのに、憎しみを感じなかったからだ。
 楽園を求める危険人物、油断のならない男と感じないわけではない。ただ、話のわかる男であると感じ取った。

「どちら側から見てもあまりいい話ではない」
「オレは竜族で、しかも王族だ。竜族にとって都合のいい歴史しか知らない。どれほど王族が罪を犯してきたのかも俺は知りたい。すべてはあの時から始まっていると思うんだ。長い間、竜族を治めている王族の血を引いているからこそ、知らなくてはいけない」
「…………」
「あんたは知っているんだろう?」
「すべて、知っているわけではないがな……」

 しばらく沈黙が続いた。透き通る青い瞳は、金色の瞳をじっと見つめた。
 揺れ動く心の中を見透かすためだ。
 信用できない、信用できる、ふたつの思いが交錯する。
 カークは、レオナルドの威圧的な視線にも負けずに睨み返す。見るがいい、そう答えるような強い光を感じる。緊迫した空気が立ちこめ、二人の男は互いに相手を牽制しあう。
 先に折れたのは、レオナルドだった。まったく変わらない表情が、少しだけ緩んだ。見る人が見ると笑みに見えるかもしれない。

「変わった竜族だ……いいだろう。私の知っている過去の出来事を話そう。ただ、あいつらを中に入れたらな。ここで待っていろ」

 それだけ言うと、一人歩き去った。
 薄暗い塔の中に取り残されたカークは、ドレイスの首の辺りをなでた。難しい顔をし、優しく手を動かす。

「信用しやがった……もし、オレがこのまま楽園を目指したらどうするんだろうな……」

 カークの瞳に映ったのは、階段だった。 少し離れた場所にある。その階段が上に繋がる階段かはわからない。ただ、何もないがらんとした空間に階段だけがぽっかりと浮かんでいる。ここが塔の頂上に行くための通路のように感じてもおかしくない。

「行くのか?」
「ドレイスはどう思う」
「オレは、お前に従うだけだ」

 低い声が石に反射して響く。カークは、静かに笑った。

「確かに、いい方法かもしれないが……信用されるのも悪くないな……」
「いいのか?もう、チャンスはないかもしれないぞ」
「ああ……裏切りたくないからな。それに、あきらめたわけじゃない」
「どういうことだ」
「アスベルが塔に登れる人物なら、オレにもまだチャンスはあるってことだ。わざわざ敵を増やさなくってもいいだろう」

 野心をのべながらも、不思議な気持ちに溢れていた。家族にすら疎まれている自分を、認めた男がいる。敵対しているはずの、鳥族の男。アスベルが自分に向ける信頼とは別のものに違いないが、確かにレオナルドという男に受け入れられたという実感があった。
 かつての鳥族の王は、共存を望んでいたという。竜族に北の地に追われてもなお、彼らと共に生きたいと願った。竜族にその思いがまったく通じず、滅びの道をたどった。
 再び、共に生きることが本当に出来なかったのだろうか。これからも出来ないのだろうか。
 長い時が過ぎた今、本当に鳥族への憎悪を募らせているものはいくらもいない。過去に起こった出来事、今はいない種族、そんな風にしか思っていないのではないか。こだわり続けているのは王族であり、楽園を欲し続けているのも王族だ。王が望むから、それが心からの切望ではなくても力を貸している。竜族の王家を恐れ、決して逆らおうとはしない。

「ドレイス、竜族の王家は変わることができないんだろうか?」
「何をだ?」
「竜族と鳥族の関係……竜族の考えそのもの」
「変えたいのなら、自分で変えればいい。変えることができるかは、カークの力量次第だ。それに、ついてくる竜族がいるかいないかもな」

 鳥族は滅び、今いるのは二人だけ。それでも、カークの脳裏にふと浮かんだ言葉。

―― 俺が王なら違った関係が築けるのかもしれない。

 少し前のカークなら、考えなかったことだろう。そんな風に思った自分に、戸惑った。
 ただ、レオナルドを見て思ったのだ。自分と何が違うのだろうと。
 どこかで鳥族は触れることも出来ない、自分たちとはまったく違った種族だと思っていた。
 空を飛び、美しい姿をし、永遠の時を生きる、神に愛された種族。
 血で穢れた竜族とは考え方も、生き方も、暮らし方も違う。そんなふたつの種族が共に生きることなど不可能だ。すべてが違いすぎる、そう思っていた。
 でも、レオナルドは頭の中にいた鳥族のイメージとは、ひどくかけ離れていた。
 腹立たしさに顔をゆがめれば、憎しみもあらわにする。優しさを見せれば、冷たさも見せる。誰でも持つ感情を持ち合わせ、神に愛された特別な存在という感じはしない。
 キャメロットは、ただの純真無垢なお子様としか思えず、鳥族かと言われると違和感がある。なんら、自分の周りにいる人物と変わりはない。
 翼は、特に欲しいとは思わない。永遠の命は魅力的だが、人生は時の長さではない。
 共にアストラートに生きることが出来なかったとしても、自分たちにはない彼らの特色を受け入れ、仲良く出来ないとは思えない。
 意味のない争いに思えた。
 竜族のくだらない嫉妬が巻き起こした悲劇に思えた。
 また、ひとつ竜族の嫌な部分を感じたような気がした。
 カークは、肩を落とし、小さく頭を振る。何も考えるなと自分を落ち着かせていた。真実を知ればまた、違った考えが浮かんでくるかもしれない。
 今はレオナルドの語る過去を知ることが、王族としての勤めのように思えた。

「俺は知らなくてはいけない……」



 レオナルドは、塀の陰に隠れ、竜族の様子を伺っていた。
 たくさんの竜族がすぐ傍に集まってきている。騒然といきり立つ男たちは、戦いを前にする空気ににぎわっていた。猛々しく竜に乗るもの、武器を携えるもの、塔を建てるために雇われたのか、見るからに武人ではないものたちも多くいる。
 レオナルドはずっと、一人の人物を探していた。ジュラが、レオナルドの肩に止まった。

「アスベルは来ているのか?」
「もちろんです。あちらに」

 くちばしの先に視線を向けた。
 竜使いとしての制服に身を包み、長いマントを肩からかけたあどけない表情の少年がいた。
 きっちりとした服装は立派さを引き立てていたが、幼さの残った顔立ちからは戦う威力も、楽園を手に入れたいという野望も感じない。静かに、塔の上に目を向けていた。
 その瞳に映るのが誰なのか、すぐにわかった。瞳に見え隠れする情熱。キャメロットに対する熱い想いを感じる。伝えられない、伝わらない想いだからだろうか、瞳が訴える愛情の深さは計り知れない。
 レオナルドのいる位置は、まさに門のすぐそば。
 塔を囲むように寂れた塀があり、瓦礫と蔓と砂に埋もれつつもその跡を色濃く残している。
 塀は同じ高さだが、門だけが突き出ていて、天を突き刺すような高さを感じた。蔓は塀も門も覆いつくすように伸び、レオナルドはその陰に隠れるように門に寄りかかって、竜族を見下ろしていた。
 風に黒い布がたなびき、銀色の髪が朝日にきらめく。珍しく顔はあらわにし、フードをかぶる気はなかった。翼を見せるわけには行かないが、自分が鳥族だと相手に伝えるためのパフォーマンスだった。
 誰かがレオナルドを見つけ、王に伝えたのだろう。見るからにえらそうで、裕福に超え太った醜い男が、門のすぐ傍までやってきた。
 立派な竜に、乗り場所をつくり座っている。自ら竜を扱えない王は、部下に竜を扱わせている。
 レオナルドはその姿を見て、あまりにも醜いさまに面白そうに顔をゆがめた。その後ろにいる竜も、やはり王に似た男たちを乗せている。
 アスベルはやっと見えるくらいの場所にいて、相変わらず塔の上に視線を向けていた。
 彼の乗る竜は他のどの竜よりも立派で、美しかった。王があの竜を自分の乗り物として扱わなかったことに疑問思うが、竜使いですら竜が拒むことを強制できない。あの竜が拒んだのだろうとすぐさま予想できた。
 アスベルとは違い、その白い竜はレオナルドをじっと見据えていたからだ。
 ただの竜ではないと直感した。
 金色の瞳と青い瞳が絡み合う。レオナルドはその視線に眉をひそめた。
 この竜をどこかで見たことがあるような気がしてならなかった。ただ、まったく思い出せなかった。
 しばらく考えていたが、すぐ傍まで王がきたのが目に入り、視線を移した。

「ようこそ、我が塔へ」
 
 寄りかかっていた体をただし、仁王立ちで威厳を現す。カツリと錫丈を石に打ちつけた。余裕たっぷりの声でレオナルドは言う。
 あからさまに腹を立てた表情の王は、顔に似合った枯れた声で叫んできた。

「こんなところに連れてくるなんてどういうつもりだ!」
「楽園が欲しいのでしょう、竜族の王よ。隣に塔を建てたところで無駄にしかならない。それに、貴方が生きている間には完成しないでしょう」

 レオナルドは落ち着いていた。わざと丁寧な話し方をし、鳥族としての威厳を保つ。

「何!?」

 聞かれるとは思っていなかったのか、言い当てられたことに動揺と怒りを見せた。
 レオナルドはかすかに笑みを浮かべると、不気味なほど優しく言葉をつむいだ。

「楽園が欲しいのなら、審判の門へお入りなさい」
「審判の門だと」
「この門のことですよ、目の前にあるでしょ。呪いの門とも言いますが」

 レオナルドはちらりと門に視線を向けるだけで、再び王を見る。
 竜族は、一斉に聳え立つ門を見上げた。
 古びた石で作られたそれは、化石と化した蔓を両方に携えながらも、今か今かと開かれるのを待っている。多少崩れかかっているものの、威圧的な雰囲気があった。長い年月変わらずそこにあり、楽園を求める竜族を中に引き入れる。
 不気味さはなくとも、たじろぐくらいの恐怖は感じるかもしれない。

「何を考えている」
「何も、これは私が決めたことではない。楽園が欲しければここを通り抜けなくてはいけないというのが決まりだ。欲しいのなら試してみるがいい。自分が、楽園を手にする資格があるものなのかどうかを」

 王も周りに控えている竜族も一瞬、言葉を失った。

「ただ、心して入ることです。知っているでしょう?楽園を求めたものは誰一人帰ってこなかったということを、竜族の王が知らないはずがないですよね」
「お前は何者だ」
「我はこの塔を守る者……健闘を祈ろう」

 その言葉と共に、レオナルドはアスベルを見た。
 塔に登れるという可能性に、アスベルも声の主であるレオナルドを見た。
 互いの視線は絡み合う。
 レオナルドの視線は揺ぎなく、睨みつけるというよりはむしろ、挑戦的な色を帯びている。
 アスベルはレオナルドの視線から、キャメロットを手に入れたいのなら門をくぐれという言葉を感じ取った。
 向けられる強いまなざしに、背筋を奮わせる。表情を感じないが、それがよけいに恐怖をあおる。太陽の光に錫杖の宝石が光り、更なる不安をかきたてた。ぞっとするほど美しく、不気味な光りだった。
 呆然と立ち尽くしていると、アスベルの目に急に真っ黒な鳥が飛び込んでくる。ファルサの上に鳥は止まると、アスベルにもわかる言葉で話しかけてきた。

「伝言を預かった。キャメロットが欲しいのならこの門をくぐり、塔に登れ。そして、キャメロットの心を手にし、その手に抱いてみろ」
「え?」
「レオナルドからの伝言だ」
「あの人……」

 ばれていたのかと思った。そして、知っているのかと思った。だからあんな瞳で自分をあおったのかと思った。

「だんな、挑戦するんですか」
「もちろん」
「どうして?」
「キャメロットが好きだから……」
「オレから言わしてもらいますと、それくらいの想いじゃ奪えませんぜ。この塔からも、レオナルドからも」
「…………」
「まあ、がんばることだな……応援は出来ませんがね。願うといいですぜ、あんたが一番欲しいものをね」

 それだけ言うと、さっさと飛び立っていった。門の傍にはもう、レオナルドは居なかった。
 目に入るのは、歓声を上げ、開かれた門から扉の中へ流れ込んでいく人の群れだけだった。人事のようにアスベルはその光景を見つめる。

「ファルサ、あの人どう思う?」
「どうって?」
「悪人か善人か」
「アスベルはどう思っているんだ」
「オレは……悪人には見えない」
「同感だな。でも、アスベル。気を許していい相手でもない。気をつけたほうがいい」
「わかっている」
「入るのか?」
「もちろん……キャメロットが欲しいから。塔に登れば彼女が手に入る……レオナルドの挑戦を受けないわけには行かない」

 アスベルの中に、キャメロットを救いたいという思いはすでになかった。誰から救い出すのかわからなくなっていたこともある。しかし、それ以上にキャメロットが欲しかった。キャメロットにこの手で触れたいと思った。抱きしめたいとも思った。離れている間により膨れ上がった愛情に、アスベルは初めて欲望を見出した。愛する人に向ける、優しい欲望。子供じみた恋が、愛に変わった瞬間だったのかもしれない。
 レオナルドは怖かった、でもその恐怖は視線の強さや、持っている空気から感じる怖さではない。
 キャメロットの中にいるレオナルドの大きさが、自分と比べてはるかに大きいということを感じていた。アスベルにとってレオナルドより、キャメロットの想いが誰にあるかが一番怖い。

「この塔からも、あの人からもキャメロットを奪ってみせる」

 そう言うと、ファルサの手綱を握った。
 どこまでこの巨大な竜がいけるのかわからないが、とりあえず門の中には入れそうだと思ったアスベルは、進むように促した。もう人がまばらになった門を颯爽と通り過ぎていく。
 アスベルは、ただひたすらに、キャメロットを目指した。

 ざわめきを背に、レオナルドはもと来た道を戻った。

「歴史は繰り返す……やっと、この日がやってきた……貴方が願い続けた日が……王よ、まだ未来は見えぬ」

 小さな呟きは、闇に消えた。
 カークは足音に振り返る。真っ暗な闇から、黒一色の男が戻ってきた。かつ、かつ、と床を撃つ音が耳に響く。

「どうなった?」
「扉は開かれた、あとは私にもわからない。広間へ行こう……審判の門を抜けられた者はそこに来ることになっている」

 そう伝えると、カークが塔の上に続くのではと見上げていた階段を登った。階段は思ったより短く、次の部屋へと続いていたようだ。そこもがらりとして、何もない部屋だった。
 ただ、暗闇だった先ほどまでの部屋とは違い、各方面に窓穴があるため光が降り注いで美しかった。
 一方には、多分ここから上に続く階段が続いているのだろう、立派で美しい扉があった。床にはふたつ下の階から繋がる階段の穴がある。あちら側にあるのが、審判の門の勝者が登る階段なのだろう。カークは誰も登ってくる気配のない静かな階段を遠目に見つめた。

「ひとつ聞いていいか」

 狭い階段は通れず、ドレイスは下で待機していたため、部屋には二人の男が佇んでいた。
 カークは、窓の外をうかがっているレオナルドに話しかける。

「何だ?」
「あんた何者だ?」
「ただの鳥族の生き残りだ」
「それにしては、何か色々と詳しすぎる」
「本当だ、私はただの鳥族だ。レオナルド・ラ・ジェラルディスという名を持っている。ただ、私が異色の鳥族なのは確かだ。誰とも意見が合わなかった。姉であり、王でもあったユリアとも……」
「王の弟?」
「鳥族の王は、血筋じゃない。生まれつきの王なんだ。だから、血は繋がっていても、私が王族ということにはならない。弟というよりはむしろ、王に育てられたといったほうがいいのかもしれない」
「一世代ということか」
「私に社会的地位はなかった……ただの子供だったからな」

 どこか遠くを見る瞳に悲しみが深まる。青い瞳がさらに透明に見えた。

「知りたいのだろう?教えよう、私が知るすべてを」

 レオナルドはカークに向けて、低い声で語りだした。そして、もう一人。塔の上でもヘレスが、キャメロットに同じ話をしていた。

「歴史は繰り返す。まったく同じではない。そして、同じにしてはならない……鳥族にとっても、竜族にとっても」

 塔にいる二人の聞き手は、ただ黙って語り手の声に耳を傾けた。それは、予想もしなかった千年も前の悲しい出来事だった。


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