第二章
第四話 目覚めた野望 +----------------------------------------------------------------+
静かな空に飛来する、茶色の竜は雄大さを保ったまま空に浮いていた。 しばしの空の散歩で募った苛々を当り散らしていたカークが、巨大な城壁へと戻ってきた。 あたりはすでに夕日に飲み込まれ、薄暗い不気味な色をしている。 オレンジ色と闇が交錯し不吉な影を落とす、物悲しい魔の色。薄っすらと現れた月がひっそりと去りゆく太陽に別れを告げていた。 竜は、城の一番上にある広い石畳の上に降り立った。 カークしか近づかない最上階、竜が飼われている場所だ。この竜はかなり気性が荒いため、カークはいつも場内に置いた。暴れだすと自分の言う事しか聞かないからである。他の竜を襲ったり、人を襲ったりする危険性があった。 それを誰よりも恐れいていたのは、彼の親兄弟だ。 竜使いとしての能力のない彼らは、竜に襲われてはひとたまりもない。それを恐れた為、カークに城の天辺で飼う事を言いつけたのだった。 「ドレイス、つき合わせて悪かったな、ゆっくりと休め」 「はい、ご主人様」 ドレイスは静かに答えた。その言葉に小さくうなずくと、カークは彼に背を向け立ち去って行った。 その後ろ姿を見送ると、ドレイスはべたりと体を投げ出し、丸くなる。 ドレイスを恐れるものは多いが、主人には忠実に従う。カークの意に沿わぬ時にわざわざ争いごとを起こすような馬鹿らしいこともしない、頭のいい竜だった。 だから普段は怖い容貌を振りまくだけで、凶暴さはうちに秘め、礼儀正しく振舞っている。 だが、その姿は一瞬で獰猛な野獣へと変貌する。 すべてを焼きつくす灼熱の炎、それが彼の力。火竜と呼ばれる由縁である。 戦う力を持って生まれた火竜は、スイッチが入ると自らの意思で体は戦いを放棄してはくれない。絶対的な服従関係の主人ですら、止めるのが難しい。 ゴムのように硬い肌は炎に強く、持ち合わせている牙は岩をも砕く。忠誠心はあっても優しさはない。感情を表に出すことのない無機質さ。 ドレイスだけがそうではなく、同種の火竜は同じ特質を持つ。 竜使いの間では火竜は『王家の竜』と呼ばれ、王族とともに血塗られた歴史に名を残していた。 主人に王家を選ぶのは境遇や、性質が似ているからかもしれない。 ドレイスは、ファルサがアスベルに示す親心のような物をカークに感じているわけではない。 信頼関係はあっても、友情もなければ、家族愛もない。ただ共に協定を結んでいる相手。しかし、そんなふたりは孤独を共有しており、どこか似たもの同士で、仲間意識が強い。互いを認め合う最強のコンビであるのは周知の事実だった。 カークは幼い頃、森の中でドレイスと出逢った。 その時、かなり機嫌が悪かったドレイスは、人間の血で体が汚れていた。滴り落ちる唾液が大地に吸い込まれていく。 目に入ったのは一人の少年、ふらふらと歩いていたカークだった。 次の獲物だとその牙はカークに向けられたが、射ぬかれるような鋭い視線に彼は動きを止めた。 子供とは思えぬ鋭い光を放つ金色の瞳。その瞳は血に濡れ、荒れ狂う竜からそらされることはない。 『やれるものならやってみろ』という挑戦的な訴えをドレイスは感じ取った。 その時、彼こそ我が主と感じ、頭を下げた。 「ご主人様」 そう言うドレイスに、カークは口元を片方だけ上げて笑った。 子供の笑みとは思えぬ勝ち誇った不気味さだった。そうなるのが当然と言うカークの表情。彼もまた、ドレイスこそ自分の竜であると感じとったのだった。 似ていると感じた二人は、その場で共に生きる道を選んだ。 運命的な似たもの同士の出会いは、あまり王家にいい風をもたらさなかった。 戦いの為に生まれてきた『王家の竜』を、王家が手に入れた。 血塗られたドランジェルトの王家にさらに血を生む為の糧となることは間違いなかった。 せっかく王家に竜を操る力が損なわれていたのに、再び手に入れてしまった。しかも、火竜のなかでもめったにいないほど巨大な力を持っている。ドレイスを見た時、竜族誰もが王家に再び黒い影を感じる事になった。 再び、血にぬれた歴史が刻まれる。 それは予想を裏切らなかった。 ドレイスは戦神と称えられ、恐れられた。 ドレイスの活躍は、カークの活躍。カークの活躍は、王と二人の兄達の逆鱗に触れる。埋まらない家族の溝は、さらに増す事になる。 ―― カークだけに力があるなんて気に入らない。 どんなに欲しても手に入らない楽園と同じで、竜族が望んでも手に入らない竜族としての力。失われてしまったその力を切望していた王と王子たちは、カークを羨み妬み、そして憎んだ。 竜族として誇るべき力、歴代の王たちは少なからずこの力が使えた。 しかし、ドランジェルトは持って生まれなかった。 力を持っていない王など、王ではない。王族の一部の者たちは、彼が王位に立つことを反対した。 力を持った優秀な弟が、ドランジェルトにはいたからだ。弟に継がせろ、周りはそう意見した。 竜族の王は血筋、第一王子が王家を継ぐ事になる。 かつて、一度だけ第一王子が継がなかった事があったが、それ以外は普遍的な決まりごと。 第二王子が王位を継いだ時代、アストラートは荒れに荒れた。 そのため、決して第一王子以外に王位を継がせてはならないと、取り決めがなされた。 第一王子が継がなければ不吉な事が起きる。迷信や伝承と笑うものは誰もいない。 それほど伝わる過去の出来事が竜族に恐れを抱かせていた。 取り決めはドランジェルトにとっては強みだった。 第一王子が王位を継がなければ、偉大な王たちをあざ笑うことになる。あらゆる思惑と、権力が王位継承をめぐって、王族を揺るがした。 ドランジェルトはどうしても王に尽きたかった。 だから、王位がめぐってくるのをただ待ってはいなかった。 第一王子が継ぐという取り決めがあったとしても、力を持たない彼には負い目がある。 傍観者でいては王位を奪われてしまう。 そんなことにさせてたまるかと彼が出した結論は、竜族らしいとしか言いようがない。その手で弟を切り殺したのだ。 そして、血にぬれた手を見つめながら嬉しそうに笑ったという。 竜を操れる者より、自分の方が優れているという喜びから、彼は高笑いをした。狂ったように笑うドランジェルトは、まだ成人にも満たない少年だった。 弟を手にかけるような男であっても、第一王子が王位を継ぐという取り決めは変えられることはなかった。 ドランジェルト王の時代の幕開けだった。 血に濡れた幕開けにふさわしく、今までよりさらに国には不穏な空気が流れ出し、怪しげな闇に包まれた。 竜族の王家の争いは、昔から時代すら揺れ動かす惨事になる。 竜族の民は、今の王家の状況に、恐れを抱いていた。 カークと王たちの不仲は、王城にいないものにも伝わるほど表立ったものだった。 血族の争いが、アストラートを飲み込む。平和な毎日が崩れる瞬間が来るかもしれない。 ただひたすらに、その日が来ないことを彼らは願っていた。 カークは階段を下りると、自分の部屋へと向かっていた。広い廊下は永遠に続き、そこには煌びやかな装飾や絵画、彫刻がうっとうしく並んでいる。 「いつみても、趣味が悪い」 カークは、そのうるさいほどの飾り物のすべてに苛つきと吐き気を覚えた。 足を止めずに颯爽と歩く。 しかし、奥にあるいつもは誰もいないはずの部屋から声が聞えてきた。聴きなれた男たちの声、体の底から拒絶したくなる声だった。 カークはその先にある階段を目指していたが、ぴたりと足を止めた。翻っていたマントがふわりと体を取り巻く。 カークの視線は真っ直ぐと前に向けられていたが、静に部屋のドアへと動いた。 眉間に縦しわが入る。 険しい表情。感じるのは憎しみの炎と軽蔑の視線。嫌悪感を現したオーラがカークの心を支配する。早打つ鼓動、しらずに奥歯を噛み締めた。 得体の知れない悔しさが溢れてきた。 立ち止まった足は早く立ち去ろうという気持ちとは裏腹に、吸い付いたように動かない。 「それで、どうやって?」 「そうだな、少し遠い場所だから竜の使い手は必要だな」 「フッ。あの国さえ手に入れば、またここは大きな発展を遂げる。そして、ついに行動を起こさねば。楽園を手に入れるために」 ―― 楽園? カークは壁に寄りかかった。 「しかし、父上。それで本当に手に入るのですか?」 この声は、次兄のザイールの声。 少し腑抜けたザイールは気弱な性格で、頭は長兄よりも遥かに良かったが、知識があるだけで行動力には欠けていた。 頭のよさはずば抜けていたが、父に歯向かうことなどせず言われるままに動く。 頭の悪い王の言いなりでは、いくら頭が良くても宝の持ち腐れだった。 「お前は!!あそこから登りさえすれば楽園はある。あの塔に近づけないのなら別の道を作るしかないのだ」 長兄であり、次期の王であるアイードは、頭で考えるより行動、人を抑えるには力、という考えの持ち主である。現在の王に生き写しだった。 剣だけでなく、弓の腕前も引けを取らない。頑丈な体つきからも強さは計り知れない。しかし、その力を上手く使う術を知らぬ彼は、いくら優秀でも意味のないものだった。 王の言いなりになる兄。へりくだって生きる道しか知らぬ、王のしもべ。 カークは、二人の兄が嫌いだった。 ―― 新しい道?もしかしてあいつら、となりに新しい塔を建てる気か? 「しかし、どこまで続いているか分からないあの塔に、同じだけの物が作れるだろうか」 「あいつらに造れたのだから我々に造れないはずがなかろう」 「しかし……」 「ええい!!やかましい!やってみなくてはわからぬ。私が生きている間に絶対に楽園を手に入れるのだ!!」 ―― 馬鹿な奴らだぜ。 カークは内心そう思った。 たとえ同じ高さの塔を建てることが出来たとしても、楽園は手に入らないだろう。 竜で飛んで行っても見つからない、雲に隠された地。不自然に雲が生まれ消える場所。楽園への道はあそこしかない。 それでなくては何のためにあの塔が存在しているというのか。 あの塔は、鳥族が建てた唯一の楽園への道なのだ。 竜族が別に道を作ったところで楽園にはたどり着けない。そんなわかりきったことを実行して、王家の無様な姿を見せるなんて、馬鹿げているとしか思えない。カークは鼻で笑った。 しかし、その一瞬の後、眉をひそめた。 もしかするとそれも可能なのか、という考えも浮かびたまらなく不安になった。 もし自分の方が間違っていたら、あいつらをさらに図に乗らせるだけだ。 それは背筋が寒くなるほどたまらなかった。 そんなはずはないと激しく頭を振り、浮かんだ言葉を打ち消した。 彼らに反発するだけが目的ではなく、別の道でもいいのならば竜でたどりつけてもおかしくないと思ったからだ。強い核心はある。それでも不安になる心の奥を見ない振りをして立ち去ろうとした時。 一歩踏み出した体が反応し、足を引き戻した。聞くべきではない言葉が耳に入ってきたのである。 「カークには知らせないのですか?」 「あいつがなんの役に立つというのだ」 「でも、カークしか竜の力は使えない」 「そうだけど……毎日外を歩き回ってふらふらとしているだけの男だ。王家の恥なのだぞ。そんなやつに協力を頼むのか?」 あきれ果てたようにはきすてたアイードの言葉はとげとげしく、嫉妬心を浮き彫りとしていた。 自分達にない力を持つ弟への嫉妬心半分以上を占めている。 それは、ザイールも同じだった。ザイールは弟を退けものにするのはどうかと思う反面、誰よりもカークを恨んでいたに違い。 アイードは、力を持たなくてもいずれは王となる。しかし、ザイールはいつまでたっても王の弟。 カークの竜を使える力は国にとって必要な物、ならば自分の存在はただ知識を提供するだけか。自分の立場を確立出来ないのに苛立ちを覚えていたのである。 同じ立場のはずの王の弟、しかし、どう考えてもカークの方が重要視される。力があるかないか、それが自分とカークを比べる大きな差となる。ザイールが一番カークを疎ましく思っていたのは事実だった。 「カークになど知らせる必要もない。戦いの時には使えるが、それ以外では役立たずのお荷物だ。話にくわえるだけ無駄というもの。王家にとっては迷惑な男だ。出来の悪い息子ほど可愛いというが、それは私の心情には当てはまらない。あいつはゴミだ!!」 「そのとおりですよ、父上」 「そうですね」 声をそろえ、高笑いをあげた。近くに控えていた側近達も密かに笑っていた。 カークはこぶしを強く握った。その手のひらに爪が食い込んで血がにじんでいる。それでも痛みなど感じなかった。怒りと悔しさが入り混じり、体中の血液が逆流しているようなありえない感覚に捕らわれた。 震える肩、食いしばる歯、何もない廊下の床をぎらぎらとした目で凝視した。心臓の音が大きく鳴り響いている。 カークの中に生まれたのは、悲しみでも絶望でもない、殺意だった。ずっとあいつらを見返してやる、そう思っていた。 復讐心など一気に消え去り、腰にかけていた剣に手がかかった。このまま切り殺してやろうか、本気で思った。 ゴミ呼ばわりする肉親など居ても仕方がない。 カークは、幼い時から嫌われる理由がわからなかった。ずっと阻害され続けた。 かわいがってもらった記憶も、優しくしてもらった記憶もない。彼の中にあるのは、いつもどうして俺だけ愛されないのかという想いだけだった。 年とともに悲しみも哀れみも捨て去った。憎しみだけが残った。 見返してやる、復讐してやる、阻害してきた自分の存在が誰よりも大きかったのだと後悔させてやる。 闇にも似た想いへと、あっさり姿を変えた。愛されない事への悲しみなど、とうにない。そんな感情を抱いていたことにすら吐き気がした。 もう親でも兄弟でもない。 この瞬間、今まで培ってきた記憶が彼の中に流れ、いくつもの無残な場面が思い出された。 その記憶は彼の体をさらに熱くした。 怒りは今にも噴出して、本物の炎となりあたりを燃やしてしまいそうだ。ぴりぴりとした空気を放つ。ふつふつと湧き上がる憎悪はとめどなく溢れた。 ―― 憎しみ……この想いをどこへ。 胸元を強く握った。押しつぶされそうなほど痛みが走る。再び剣に手をかけると、ぎらりと瞳が光った 「カーク兄様、何をなさっているの?」 幼い少女の声が響き、ピクッとカークの体は反応した。 中にいる三人の男と、側近の男たちは一斉にドアを振り返った。側近の男たちの顔は青ざめて、王たちをちらりと横目に覗き込む。 三人は表情をまったく変えなかったが、ザイールだけが少し眉を動かした。 「カーク兄様?」 「ジェリー、お前こそこんな所で何をしているんだ?」 「カーク兄様が帰ってきたっていうから、遊んでもらおうと思って」 茶色の綺麗な巻き毛をたらし、ふわふわとしたドレスを着た小さな少女は満面の笑みを浮かべた。 カークには二人の兄が居るが、三人の姉と一人の弟、そしてこのジェリーという妹がいた。王は三人の妻がいて、兄二人と姉一人が第一夫人の子供。姉二人は第二夫人、第三夫人がこのジェリーと弟の母親だった。カークの母はかつての第三夫人であり、カークを生んですぐにこの世を去った。 それもまるで迫害されるかのように、悲しみの中での死だった。 王は三人まで妻を娶ることが出来るのである。 カークは阻害された王族の中で味方はいなく、幼すぎる弟は別としてこのジェリーだけがなついていた。七歳になったばかりの可愛らしく、しっかりものの妹はカークにも可愛い存在だった。 噴出しそうなくらいの体の熱が、水を浴びたように消え始めた。 それと同時に冷静さを取り戻し、剣から手を離した。緩やかにマントが閉じる。 きょとんとした顔でカークを見ているジェリーの手には、彼女を半分にしたくらいの大きさの人形が抱かれていて、ほとんど引きずっていた。カークは妹に向けていた視線を後ろのドアに向け、またジェリーを見た。いつもより優しく笑いながら、頭を優しく撫でた。 「先に部屋に戻りな。後で遊んでやるから」 「本当?」 「ああ」 「約束よ!」 ジェリーは再び満面の笑みを浮かべると、人形を抱きしめて走って行った。階段の影に入るとひょっこりと顔を出し、もう一度念を押す。 「絶対よ!!」 そして、姿を消して行った。 優しい表情で見送くっていたカークの顔は、ジェリーが見えなくなると同時に豹変した。それは、ドレイスが豹変する時とさほど変わりはなかった。 周りの空気が、尋常ではない。 綺麗な金色の瞳は、薄暗い廊下でぎらぎらと光る。一瞬で冷めていた体の熱は新たな炎として燃え上がる。 冷静さを取り戻したカークは、ドアを開けるなり、いつもの自信に満ちた表情で笑って見せた。 感情だけで飛び込んでいかなかった事を、ジェリーに感謝した。無様な姿をさらすなど耐えがたいことである。 冷静さを取り戻したカークは、自分が優位に立つように状況を考えた。 「私抜きで密談ですか?父上、兄上」 皮肉のこもった冷ややかな声、嘲笑するかのように、にやりと笑みをこぼした。 そのカークに、兄たちは醜く顔をゆがめる。ふたりの表情は見事に父王に生き写しだった。ふてぶてしく、のっぺりとした丸い顔に、ぽってりとした口、虚ろで冷たい瞳、だんごのような鼻。 アイードは、ごつごつとした体格で背も高い。太ってはいないが、体には筋肉以外の肉もついているだらしない体形だった。 ザイールは、ほっそりとした体つきで弱々しく、いかにもというくらい頭のよさそうな雰囲気だった。その顔は、兄以上に見事なブタと貸し丸まるとした王と同じつくりだった。 母親が違うとは言え、カークと似ているところを探す方が難しい。 第一夫人の子供たちだけが以上にも皆父王にそっくりだった。 第一夫人は美人だったが、心が歪んでいる為、どちらに似ても大差ない。 他の妻達はどちらかというと大人しく、ひっそりと城の中にいるような姫達ばかりだった。その姿は美しかったし、しゃしゃり出てくるような性格でもないため好感度は悪くない。 王は自らが醜いだけに、美しいものに目がないらしい。 わずらわしい性格も最初で懲りたのか、のちの妻はおとなしい夫人ばかりを選んだようだ。 醜い男特有の感情なのか、美しい男にはいい印象は持たないことから自分の容姿がコンプレックスの塊である事は語らずとも見てとれた。 カークは力があるだけでなく、その容姿も気に入らない。どう見ても父王に似た部分はひとつもなく、母生き写しの美形だった。 幼いころから、カークという存在は王には受け入れられないものだった。理由を聞かれても、はっきりとは答えられない。すべてが自分とは合わない。生まれた瞬間から、愛せなかったというのが正しいのかもしれない。 今も、目の前にいるカークが忌々しくって仕方がなかった。 「お前は竜を使って協力してくれればそれでいい」 ふんっと鼻を鳴らしてカークは、父王を睨み付けた。 「無駄だと思いますよ。例えどんなに高い塔を建てたとしても楽園は手に入らない」 「私の考えが間違っているというのか」 「塔を建てたくらいで楽園が手に入るなら、竜でいけるでしょう。高く飛べる飛来竜は数多く居ますからね。入り口はあの塔の上。呪われた塔のね」 「そのような事やってみなくてはわからないだろう!!」 カークは溜息を吐き、呆れた顔をした。 ―― なんて馬鹿な奴らだ。 カークは、塔の上を見た。竜ではあそこに入る事は出来ない。あの雲の塊は、結界と同じように、外からの侵入を防いでいる。身を持て体験しているのだ、間違いない。 有り余るほどの金をかけて天を貫く高い塔をたて、いい笑いものになればいい。 いくら高さをのばそうと、空が手に入らないように、楽園もまた手に入らない。 高金をかけ、高い塔を建てれば楽園が手に入ると夢見ている目の前にいる肉親がひどく無様に思えた。 「お前には関係のないことだ。大して役にも立たず王族よりも平民を大切にするお前が参加する話し合いなどありはしない忘れるな、カーク。お前がここにいられるのはその力があるためだ。ドレイスを使える能力だけが王家には必要なのだ。お前が必要なのではない。お前はただのドレイスのおまけに過ぎない。馬の世話をする馬番がいるように、ドレイスの世話をする竜使いがいるだけだ」 「あんたらと血が繋がっていると思うと、虫唾が走る」 王達をにらみつけると、その場を立ち去るために勢いよく振り返った。 そこにいた側近達にも鋭い視線は向けられた。 一呼吸置いたようにしんと静まり返ったその部屋に、カークの足音が響いた。 「待て、逃げるのか、腰抜けめ!!」 「!!」 カークの中で再び音を立てて何かが壊れた。押さえつけていた怒りが一気に噴出す。 「なんだって?」 逃げるはずなどない、お前らとの会話の意味などない。逃げるなどありえない、何から逃げるというのだ。カークの心は叫んだ、それは言葉にならないほど怒りで震えていた。 「私のやり方では楽園は手に入らぬと言った。それに対する意見もないのか?ただの戯言を申したのか。他に方法があるのなら言ってみろ、聞いてやるぞ!今回はな」 「…………」 カークは、しばらく黙っていた。 「どうした?何もないのか?だからお前は役立たずなのだ、はみ出しものめ」 「フン。もし俺が楽園を手に入れたのならどうするんだよ。排除し続けてきた俺が見つけたらいい笑いものだよな」 「お前に出来るものか……そうだな、もしお前が楽園を手に入れることが出来たら、王座を譲ってやる」 「王!!」 「お前達は黙っていろ!!」 「今の言葉、本当だろうな?」 「ああ、ここにいる者達が証人だ。楽園を手に入れることが出来たらだがな」 そう言うと、手元にあった書面にサラサラと文字を書き始めた。そしてそれをカークに投げつけた。そこにはこう書かれていた。 第三王子カーク・デ・ドランジェルトが楽園を手に入れた時、竜族すべてを彼に譲る。王位を彼のものとする。 そこには王の筆跡でちゃんとサインまで書かれている。それを見るなりカークは微笑んだ。 「悪いが兄上、この国は俺の物だ。俺には鍵があるからな、お前達にこの策を教える必要はない、勝手にさせてもらう」 「何!?」 カークはそう言うと妖艶に笑って、部屋を後にした。高鳴る鼓動と同じくらい、その足音は大きく響いた。 「よいのですか、父上」 「お前はあいつが楽園を手に入れられると思っているのか?」 「そうではありませんが……」 「では、問題ないではないか」 「確かに、もし手に入れられなかったら、あいつも恥ずかしくって我々に刃向ったりもしないだろう」 「兄上も賛成なのですか……?」 「私は父上と同じ、あいつが楽園を手に入れられるとは思っていないからな」 「……そうだといいのですが」 ザイールだけは不安そうな顔をした。カークはいつも自信に満ちた顔をする。真実でなくとも、弱みは見せない。けれど、あの自信に満ちた顔は気になって仕方がなかった。 今も渋る、自分に見せる顔が、余裕に満ちているようで落ち着かない。 それでも、父と兄を説得する力はないザイールは黙るしかなかった。 「お前達も、今の言葉忘れるな」 側近達にカークは視線を向けて、にやりと笑みを浮かべた。 そこにいたものたちはただ、頷いた。一瞬で背筋を凍らせるほどの威圧感がカークにはあった。 この場を制圧しているのは、孤立しているカークだった。 味方のいない城、孤独と憎悪が心を捕らえ自由に飛び立つのを許さない。あの兄達のように父王にへりくだったらどんなにも楽だろうか、何度も思ったことがある。 しかし、そうしなかったのは父王のすべての考えに共感できなかったからだ。 幼き頃から、その金色の瞳は、父王を批判的に見つめていた。 カークは、戦いを好んだことはなかった。 気性の粗い竜をもってしても、それを使って人々を苦しめようとは思わない。平和である事を望んでさえいる。 もし自分が王だったら、無意味な争いなど意味のないことをやめてやる。幼いころは、そんな風に純粋に、王を批判していた。 今は少し、純粋な思いは失った。 純粋な思いだけでは手にできないものがあることを知ったから。 きれいな心など、必要ない。 カークは竜に飛び乗って、城から飛び立った。 日の沈んだ暗闇の空へと消えて行く。 部屋で兄の来るのを心待ちにしていたジェリーは、その飛び立っていく竜を見て激怒した。 「まあ!!お兄様ったら、遊んでくれるって言ったのに」 ぷんとふくれ、人形を抱きしめた。大きな人形に顔をうずめるとふと頭を上げて、窓の外を見た。 「珍しいわ。カーク兄様は、言った約束は絶対守るのに……他の兄様と違って。何か、あったのかな……?」 小さなカークの理解者は溜息を漏らして、心配そうにカークを見送った。 「次は絶対に遊んでもらうんだから」 そう呟くと、仕方なしにひとり人形で遊ぶのだった。 空にはたくさんの雲が張り巡らされ、重たく水分を含んでいる。その重さのためか雲はゆっくりと移動していた。 雲の隙間から時々月が顔を出した。 薄く欠けた月は、今にも消えそうなほど弱々しい光を放っている。 夕食を終えたキャメロットはただ一人、流れ行く雲を覗き込んでいた。眼下にうごめく雲の絨毯が悲しく見えた。 「雨が降りそうね」 そう言ってフルーツジュースの入っているコップに口をつけた。優しく緩んだ顔をして、その甘酸っぱさに舌を楽しませていた。 ふと喜びに溢れ、月を見た。 いつになく寂しそうに輝く月が、一瞬ぎらりと光ったように見えたのだ。その光はキャメロットの瞳に滑り込み、ぞくっと体を震わせた。 体に急激な寒さを感じた。 キャメロットはその不気味な衝撃に恐怖を感じ、持っていたコップが窓の縁に落ち割れる音と共に闇に消えていった。 「何……?不吉な予感……」 自分の体を抱きしめるようにさすった。震えが止まらない。 「怖い……」 キャメロットは窓を閉め、大好きな月から逃れるように部屋の奥へと逃げ込んだ。 ひりひりとかれた喉を潤そうと、再びジュースの入ったピッチャーに手をかけたがためらい、手を離した。 そして、となりにあったミルクのポットを手に取った。コップに注ぐとごくごくと飲み込んだ。ミルクの味が、優しく広がる。 冷えた体が少しはあたたまるかと思ったが、変わらなかった。震えは全く止まらない。 何かが起きる前触れ、その恐怖にキャメロットは震え続けた。 もう一杯、カップに注ぐ。両手でしっかりとカップを握ると、つめたくなった手にぬくもりが灯る。ミルクのほのかな匂いは、誰かに守られているような安心感を与えてくれた。 拭い去る事の出来ない不安。止まらない震え。それをかすかにやわらげてくれるように感じた。 それから数日後の事だった。 カークが、姿を消した。 楽園を手に入れるために、いなくなったのだと街中で噂が広がっていた。 そして、噂とともに街にはふれが出された。 塔を建てるために人を集める、という王からの公示だった。 ただ、それよりも民の目に留まったのは、西南にある大きな国との戦いを始めるという戦争の告知だった。 街は、騒然となる。悲痛な色が広がった。 竜の使い手は、召集を余儀なくされた。 戦争の時代がまた来たのだと、民の顔から笑顔が去った。 +----------------------------------------------------------------+
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